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04-6.悪役とヒロインは分かち合えない
……本気で言っているから困るんだよな。
長年の付き合いとはいえ、フェリクスの嫉妬心が剥き出しになる切っ掛けを阻止することはできていない。しかし、彼の発言が冗談ではないことだけは身をもって知っている。
「バカなことを言ってんじゃねえよ」
運ばれてきたトワイフルをスプーンですくう。
不吉なことを口にしているとはいえ、この場で実行をするほどにおかしくなっているわけではない。
「閉じ込めたところで我慢なんかできねえだろ」
「そんなことねえと思うけどなぁ」
「できねえよ。俺が言うんだから間違いねえだろ」
「まあ、俺のことはダニエルが一番知ってるしな? お前が言うなら、そうかもしれねえな」
フェリクスは真剣な表情で頷いた。
宥める為だけに甘い言葉は吐かない。しかし、フェリクスの本音を否定するようなこともしない。ただ、事実だけを告げる。
……前もこんなことをした覚えがある。
それは今世の記憶だろうか。それとも、前世の記憶だろうか。
日に日に記憶が混ざり合っているのを感じていた。夢の出来事を思い出せなくなるのと同じように、いずれは前世のことを思い出すことはなくなるのだろうか。
……あの時、俺は否定をした。
それに対して僅かな不安を覚える。
破滅を回避する為には前世の記憶は役に立つだろう。
……でも、それはいつの記憶だ?
考え事をしている時の癖なのだろう。
ダニエルは無心でトワイフルを食べ続けた。
「ダニエル」
思考を遮られる。
フェリクスの声に応えるようにダニエルは手を止めた。
「考え事をしながらだと美味くねえだろ?」
「……そうだな」
「変なことを言って悪かったな。考え込むようなことじゃねえから。忘れてくれ」
「いや、慣れてるから問題はない」
「は? なんだよ、それ。慣れていいもんじゃねえだろ」
「フェリクスの感情が重苦しいことはいつものことだろ」
ダニエルはトワイフルをすくって、フェリクスに差し出す。
「甘いものでも食べるか?」
「おう」
差し出されたまま、口にする。
ダニエルは無心で食べ続けていたものではあるが、フェリクスは眉を潜めた。彼にとっては甘くなかったのだろう。続けて紅茶を飲み干した。
「……よく食えるな、お前。甘くねえトワイフルとか食べれたものじゃねえぞ」
「これでも甘いだろ?」
「甘くねえよ。びっくりした」
「フェリクスが好きな砂糖漬けの果物が甘すぎるだけだ。俺にはこのくらいで十分だ」
困ったような表情をするフェリクスに笑いかける。冷静な判断ができている時ならば、ダニエルが好んでいる食べ物は口に合わないと断るはずだ。それをしなかったのは冷静になり切れていなかったということだろう。
「俺は美味しいと思うが」
「それだけは理解できねえ。甘いものならもっと甘くするべきだ」
「極端なんだよ、お前は。さっさと食べてしまえ。デートをするんだろ?」
「おう。今日は乗り気だな?」
「行きたい店があるだけだ」
ダニエルは素気のない返事をする。
焼きたてが売りのリンゴのパイを一口大に切っていく。
「……甘すぎる」
これは食べれないと首を振った。
それからフェリクスに押し付けるように皿のまま、渡す。
「トワイフルだけだと身体が持たないだろ」
「問題ない」
「問題しかねえだろ。サンドイッチを食えよ」
「それは野菜が入っているだろ」
「少しは食べねえと倒れるって言ってるだろ」
ダニエルが食事を押し付けるのはいつものことである。
フェリクスは呆れたような視線を向けた。
「ほら。野菜を減らしてやるから食べてみろ」
「……その赤い野菜はいらない」
「栄養があるんだから食べろ」
中身が減らされたサンドイッチを差し出され、嫌々、受け取る。
……母上の方が優しいくらいだ。
好きなものを食べればいいという教育方針の両親が恋しくなる。
身体作りに力を入れているからだろうか。それとも、育った環境の違いだろうか。普段はダニエルを甘やかしてばかりのフェリクスだが、食事には少々厳しいところがある。それでも、他人と比較をすれば甘やかしているのだろう。
……美味しくない。
食に関する関心は薄い方なのだろう。
極端な味覚はしているものの、好き嫌いなく食べられるフェリクスと比べると貧弱に見えるのは食事をすることを嫌がることも影響しているのだろう。
「よく頑張ったな、ダニエル」
なんとか食べきったダニエルの頭を撫ぜる。
その間にフェリクスは残っていたサンドイッチとリンゴのパイを完食していた。
「子ども扱いをするんじゃねえ!」
「怒るなよ」
「うるさい! 早く次のところに――」
ダニエルが席を立った時だった。
「きゃああああっ!?」
甲高い悲鳴が聞こえた。
反射的に二人は声が聞こえた方向を見てしまう。近くを歩いていたのだろう人々は巻き込まれるのはごめんだと言わんばかりに遠巻きになっている。少しずつ距離をとっていくものの、騒動から目を離せないのだろう。
中心となっている人々には見覚えがあった。
威嚇をするかのように髪を靡かせているのは、アーデルハイトだ。
「なにをしているんだ」
「見に行くのか?」
「状況はわからないが、見過ごすわけにはいかないだろう」
……悲鳴はアーデルハイトのものではなかった。
詳しい状況はわからなかったものの、見過ごすわけにはかないだろう。
「ダニエルならそういうと思った」
「……悪いな」
「気にするな。妹ちゃんを放っておけねえんだろ?」
フェリクスは諦めたのだろう。
巻き込まれてしまえばデートをしている暇はなくなるだろう。それでも、妹想いのダニエルはアーデルハイトが心配で気が気ではない。それをわかっているからこそ、フェリクスは止めなかった。
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