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04-7.悪役とヒロインは分かち合えない

 騒ぎの中心になっているのはアーデルハイトだけではない。先ほど、悲鳴を上げたクラリッサは赤くなっている頬に手を当て、涙を流している。クラリッサを庇うようにユリウスやルーカスを中心とした生徒会役員たちがアーデルハイトと睨みあいを続けていた。  ダニエルとフェリクスは遠巻きで眺めている人々をかき分け、駆け寄った。 「アーデルハイト! なにをしているんだ!」  呼び止められて気が付いたのだろう。  アーデルハイトは振り向いた。その表情は険しいものだった。 「お兄様、これは――」 「ダニエル様! あたしたちは一緒にご飯を食べていただけなんですよぉ。それなのに、うぅっ、アーデルハイト様が、急に、あたしを叩いて責めるんです……!」  アーデルハイトの声に被せ、クラリッサは主張をした。  それからダニエルに助けを求めるように近づこうとしたが、アーデルハイトに睨みつけられて怯えたような仕草を見せる。ダニエルに助けを求めるのは難しいと判断をしたのだろうか。ユリウスの腕にしがみついて、涙を流している。  ……わざとらしい。  ダニエルがアーデルハイトを見放すことはない。  兄妹の絆を引き離すことができるのは上からの圧力がかけられた時くらいだろう。それでも、ダニエルはアーデルハイトを守る為に抗おうとする。  ……どちらが悪いと決めるつもりはない。  善悪の判断は得意ではない。  しかし、ダニエルはアーデルハイトの隣に立った。当然のようにダニエルの隣にはフェリクスが並ぶ。この世界が乙女ゲームを基準としているのならば、それはあり得ない現象の一つだった。攻略対象の一人であるはずのフェリクスがクラリッサと敵対をすることはない。  クラリッサもそれに気づいたのだろう。  涙目ではあるものの、フェリクスを睨みつけていた。 「アーデルハイト、説明をしてくれ」 「……わたくしは殿下の婚約者として相応しい振る舞いをいたしました。公爵令嬢として、聖女候補とはいっても格下の身分である未婚の女性が、王国の未来を背負う殿下と時間を共にするなど許されることではありませんもの。言葉ではご理解されなかったので、少々、手荒な教育を施したまでですわ」 「そうか」 「お兄様、わかってくださりませ。わたくしは間違いなど起こしてはおりませんわ。教会がお認めになった聖女候補とはいえ、学院では身分相応の振る舞いをするべきなのです。よりにもよって殿下に擦り寄るなど許される行為ではありませんわ」  アーデルハイトの主張はもっともなものだった。  身分の高い婚約者に擦り寄る平民を退けようとしただけの話である。それなのにもかかわらず、大ごとになってしまっているのは、彼女が誰からも無条件で愛される特権を持つヒロインだったからである。それだけの理由でアーデルハイトはユリウスたちと敵対をすることになったのだろう。 「殿下、アーデルハイトの主張はお聞きになられましたか? 公爵家の人間として正しい主張をしていたように思えますが。それとも、聖女候補とお過ごしになられるのには婚約者を無碍にしても許される正当な理由でもございますか?」 「状況判断をする為にはそちらの意見も聞きたいところだな。公爵家を敵に回すような事情でもあるなら早めに言っちまうと楽だぞ?」 「フェリクス。煽るような真似は止めろ」 「その場で対応できる厄介事はすぐに片付けちまうのが楽だろ? そんな顔をするなよ、ダニエル、妹ちゃん。勝算はある」  フェリクスの言葉に対し、ダニエルは頷いた。  負の感情には自分自身も振り回されていることも多いが、冷静な時には優れた才能を発揮する。 「アーデルハイトの立派な主張の後では言い訳に聞こえてしまうだろうね。でも、僕たちが一緒に行動をしているのには正当な理由があるよ」  ユリウスは穏やかな声色で語る。  泣いているクラリッサを慰めるような仕草をする彼に対し、アーデルハイトの目は冷たいものだった。それは泣き出してしまいたくなるのを堪えているからこその表情なのだと、ユリウスは知らないだろう。 「生徒会役員と交流を深める為にクラリッサが計画をしてくれたんだ。僕たちは一年生でありながらも計画を立ててくれた彼女の意見を採用した。それだけの話だよ。それを貴族主義で否定をしたのはアーデルハイトだ。学院にまで貴族主義を持ち込むのは古い傾向だよ。これからは主義に関わらず交流を持つ時代なのに、まさか、婚約者がそのような考えをしているとは情けなく思うよ。僕の婚約者ならば、新しい考えを受け入れるべきだと思うけどね」  ユリウスの主張を肯定する者は多い。  ルーカスたちは生徒会として食事をしていただけだと主張をするのだろう。それでも、全員が参加をしているわけではない。ダニエルとフェリクスのように食事会に参加をしなかった生徒会役員もいることは、共に仕事をしている彼らにはわかってしまうことだった。 「これは生徒会活動の一環だよ。アーデルハイトは何度も説明をしても受け入れてくれなかったけど」 「おいおい、冗談だろ? それが正当な理由か?」 「冗談じゃないよ。フェリクスたちも知っているだろう? クラリッサが提案してくれた食事会を抜け出したのは君たちくらいだよ」 「当然だろ。誰がそんなもんに参加なんかするかよ」 「これは新しい考え方を受け入れる為にも必要な交流の一つだったよ。それを簡単に否定しないでほしいものだね」 「笑わせてくれるなよ。たかが学生が繰り広げる新しい考え方に何の意味がある? それなら世界情勢でも語り合った方が良いだろ」  フェリクスの言葉に対し、ユリウスは眉間に皺を寄せた。  堂々と勝算があると発言していたことが気がかりだったのだろう。フェリクスの余裕そうな態度にも引っかかっているのかもしれない。 「異例の待遇を受けている平民だろ? 生徒会役員というのは名ばかりのものだ。理事長代理が聖女候補を逃がしたくないからこその対応だろ。生徒会の監視があれば逃走を防ぐことができるって理由なのは、生徒会長のユリウスは聞かされているよな?」  アデラール魔法学院の理事長を務めているのは、ブライトクロイツ公爵だ。とはいえ、それは名目上のことである。多忙な公爵の代わりに代理理事長を務めている叔父の考えを知っている。基本方針はブライトクロイツ公爵家を含める貴族や王族の子息子女が過ごしやすいように配慮されたものだ。 「貴族主義の代表を知ってるか? もちろん、それを学院に持ち込むなと言うほどだ。知っているのに決まっているよなぁ?」 「……今は関係がない話だよ。少なくともフェリクスには関係がない。アーデルハイトとの問題に首を突っ込まないでほしいものだね」 「情けない言い訳だな。言い返してみろよ」 「お前には関係がない話だと言っているだろ」 「それは王子としての命令か?」 「あぁ、そうだとも。僕はアーデルハイトと話をしているんだから、関係のないお前たちは下がっているべきだ」  ユリウスの言葉に対し、フェリクスは笑った。  明らかに裏がありそうな笑顔だった。 「傑作だな、ユリウス。貴族主義は古いと言い放ったお前が身分を盾にした。それならば、お前の主張はすべて矛盾だ」  勝算はユリウスの矛盾を引き出すことだった。相応の教育を受けているとはいえ、ユリウスは感情的になりやすい。そこを突くのは得意な分野の一つだ。

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