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04-8.悪役とヒロインは分かち合えない
「一方的な思い込みで婚約者を非難しただけだ。それをこの場にいる全員が聞いているわけだが、お前が主張している新しい考え方というので否定をしてみろよ。第一王子なんだ。そのくらいのことはできるだろ?」
貴族主義と呼ばれる文化があるのは事実だ。
身分の高いものが得をするように仕組まれているのは王国のやり方だ。自治を任せられている領地においては多少差があるものの、家名を与えられていない平民等を見下すのは古くから続く習慣の一つである。
それを古い文化だと指摘をするのならば、現王政に対する反逆と捉えられてもおかしいことではない。
「聖女候補の平民を担ぎ上げるのがユリウスのやり方だっていうなら文句は言わねえよ。お前の好きなようにすればいい。興味もねえし」
ユリウスは何も言わなかった。
言い訳が思いつかなかったのか。それとも、別のことを考えているのだろうか。
「あたし、フェリクス様の言うことはよくわからないです」
涙を拭ったクラリッサが一歩前に出る。
言い返せなかったユリウスでは物足りなかったのだろうか。
「でも、ダニエル様は違いますよね?」
根拠などないのだろう。
クラリッサは期待に満ちた目線をダニエルに向ける。
「あたしは聖女候補とか言われても、あまり、実感はないんです。だって、あたしには傷を治す力があるだけで、それ以外はか弱い女の子なんですから。だから、ユリウス様はあたしを庇ってくださるだけなんですよ」
距離を縮めようとするクラリッサに対し、ダニエルは一歩下がる。
それ以上は引き下がれなかったものの、ダニエルに触れようと伸ばされたクラリッサの手をフェリクスが払い除けた。
「あたしには異世界の聖女様の願いを叶える役目があります。聖女様はダニエル様を救いたいとおっしゃられました。聖女様はあたしにだけは秘密を教えてくれたんです。ダニエル様、あたしは貴方の助けになりたいんです」
心当たりがあった。
クラリッサが異世界の聖女の言葉を代弁するのは、自分自身を正当化する為だ。それはクラリッサを擁護するユリウスたちを庇う為の行動の一つなのだろう。なにより、ダニエルの心を揺さぶるのには効果があると知っているからだ。
……最悪だな。
悪夢だった。それが偶然見ただけの夢ではないことは自覚をしていた。
前世での縁によって、今世の幸福が壊されそうになっているなどと知りたくはなかった。
……吐き気がする偽善者が。
助けてほしいなんて縋りついたことはない。
ダニエルは幸せなのだと伝えたはずだ。その気持ちは届かなかったのだろう。
「だから、信じてください。ダニエル様」
払い除けられても、何度でもクラリッサの手は伸ばされる。
縋りつくような仕草に吐き気がした。それが前世の姉による指示なのだと思えて仕方がない。ダニエルは拳を握りしめる。
……気味が悪い。
前世のことを思い出す。
仲の良い家族だった。仲の良い姉弟だった。
特別なことはない。前世では普通の家庭環境だった。それが壊れてしまった原因をダニエルは知っている。
「聖女様はダニエル様の幸せを願っています。あたしも同じです」
……アンタはどこまで干渉してくるつもりなんだ。
この世界が乙女ゲームの世界なのだと嫌でも自覚をさせられる。
「あたしと一緒に聖女様を救いましょうよ。ダニエル様。そうすれば、ダニエル様は幸せになれるんです。だから、あたしを選んでください。あたしと一緒にいましょうよ。そうすれば、きっと、聖女様も喜ばれますよ」
クラリッサの手首を掴んだのはアーデルハイトだった。
我慢をすることができないというかのような表情をしている。手首を掴まれたクラリッサは状況を理解していないような虚ろな目をしていた。
「殿下だけではなくお兄様も手に入れようとするとは、どこまで恥知らずなのですの!」
アーデルハイトの頬が赤くなる。
力任せにクラリッサの腕を離し、勢いのまま、クラリッサの頬に平手打ちをした。痛そうな音が鳴り響く。クラリッサの目には涙が溜まるが、アーデルハイトは容赦なく反対の頬にも平手打ちを喰らわせた。
「身の程をわきまえなさい!」
もう一発、平手打ちをしようとしたが、ダニエルによって止められた。
「お兄様!!」
「アーデルハイトの手が痛いだろう」
「わたくしの心配をなさっている場合ではありませんわよ!」
「兄として心配をさせてくれよ。アーデルハイト、怖い顔は似合わない。俺の為に怒る必要はないから。だから、そんな怖い顔をするのは止めてくれよ」
「ですが!」
「心配はいらないよ。それとも俺は頼りないか?」
「……そのようことはございませんわ。お兄様」
納得がいかないと言いたそうな表情をするアーデルハイトの腕を優しく掴み、ダニエルは困ったような表情を浮かべながら前に出た。
「おい、ダニエル」
「なんだよ」
「まさか、その女の手を取るつもりじゃねえだろうな!?」
「はは、信用ねえな。そんなことをするわけねえだろ」
フェリクスが心配をする理由もわかっている。
それでも、庇われたままではいられなかった。
「巻き込んでやるって言っただろ? 覚悟をしとけよ、フェリクス」
ダニエルはクラリッサを見下ろす。
状況を理解していないのだろう。クラリッサは説得に応じてくれたのかと期待に満ちた目をダニエルに向けていた。
「信じてほしいって言ったよな?」
「はい! 信じてくれるんですね!?」
「いや。信じられねえなぁ」
「ええっ!? そ、そんなぁ。どうしたら信じてくれるんですか!?」
クラリッサの言葉を聞き、ダニエルは微笑んだ。
自分の都合の良いことしか耳に入らないクラリッサは、先ほどのダニエルとフェリクスの会話を聞いていない。それを補足する役目を担っていたのだろうユリウスは口を挟まない。それを知っているからこその余裕だった。
「異世界の聖女の存在を証明してみろよ。それが伝承通りの聖女だったのならば、考えてやってもいい」
それが不可能だと知っていた。
だからこそ、ダニエルはクラリッサの提案を受け入れるか否かを考える為の大前提として提示したのだ。万が一、不可能を可能にされたとしても考えた結果、受け入れられないと否定をしてしまえばいいだけの話である。
抜け道だらけの提案だった。
ユリウスやルーカスならば、その抜け道に気付いただろう。
「異世界の聖女に関わる伝承は知っているだろ?」
人通りのあるこの場所で問いかけるのには意味がある。
この場にいる全員を証人にする為だ。今後、ユリウスたちが事実を歪めようとした場合の障害となるだろう。
……邪魔をするなら、それ相応の報いを受けるべきだ。
ダニエルは勝算があった。それは前世の姉を苦しめることになるだろう。
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