39 / 69

04-9.悪役とヒロインは分かち合えない

「もちろんです! 教会では神父様からお話を聞く機会がありましたから!」 「それはよかった」 「でも、聖女様の存在を証明する方法はどうすればいいのですか?」 「自力で見つけろと言ってやりたいところだが。せっかくだから、指定をさせてもらおう」 「本当ですか!? ありがとうございます! えへへ、教えてくれるなんて、ダニエル様は本当に優しいですね!」  クラリッサは誘導されていることに気付いていないのだろう。  ダニエルは否定も肯定もしない。話を聞いているのかもわからない。ただ、悪巧みをしていそうな表情を浮かべていた。幼い頃から人相が悪いだけなのだが、ダニエルが作り笑いをしている時は怖い表情になる。クラリッサはその笑顔を見ても恐怖を感じないのだろう。 「異世界から召還をしてみせろ」  簡単に言ってみせた。  それは実際に数百年前に行われた方法の一つである。 「聖女候補としての実力を示す機会にもなる。なにより、本物の異世界の聖女の加護を受けているというのならば召喚に応じてくれるだろう」  万が一、それ以外の方法を用いて証拠を提示された場合、拒否をすることができる。提示した方法以外では認めないと言ってしまえばそれまでの話だ。  クラリッサはそのことには気づいていないのだろう。 「わかりました! あたし、がんばりますね!」  クラリッサはその条件を受け入れた。  目的ができたからだろうか。アーデルハイトとの諍いを忘れてしまったかのようにクラリッサは背を向けた。 「ユリウス様! ルーカス様! あたし、先に学院に戻っていますね!」  一方的に告げて、走り去っていく。  ユリウスたちは走り去っていったクラリッサの背中を見つめたままだった。 * * * 「お前、性格悪いよなぁ」  寮に戻ったフェリクスはソファーに座りながら呟いた。  あの後、買い物をしてきたのだろう。購入したものを片付けているダニエルは視線だけをフェリクスに向けた。それから立ち上がり、フェリクスの元へと向かう。 「とんでもねえことを言いやがって。考えてやるだけだって言ってもさ、ちゃんと勝算はあるんだろうな?」 「当たり前だろ」 「万が一の場合はどうするつもりだよ。召喚に応じないとは限らねえぞ」 「その場合も考えてある。その上で否定をする材料はあるから問題はない」  現在のクラリッサの身分は平民である。  それなのにもかかわらず、特別な待遇を受けられているのは教会が認めた聖女候補だからである。 「アーデルハイトを悲しませた原因を作った報いは受けてもらう」  片づけが終わったのだろう。  ダニエルはフェリクスの隣に座る。 「その為に条件を並べたんだ。口約束に過ぎないと言われた場合は、俺も応じないというだけだ。それも言葉だけのものだしな」 「そりゃそうだけどな。万が一、異世界の聖女を召喚した場合はどうするんだ」 「はは、心配するなって。俺は伝承通りの聖女の場合に限って、考えてやってもいいと言ったんだ」  フェリクスの手を触る。  指を撫ぜる。それから手を繋いだ。 「なあ? 伝承にある異世界の聖女の容姿を覚えているか?」 「白髪赤目だろ。天使の末裔だとか、癒しの力を使えるのは天使の加護があるからだとか言われている最大の理由の由来だったはずだが」 「そうだ。教会と関わりのある平民がそれを知らないはずがない」  地上を離れ、神々が住む世界にて暮らしているとされている天使たちの加護が与えられていると信じられている存在こそが聖女だ。近年では聖女は減少傾向にある。ギルベルト王国が聖女に対して特別な待遇をしているのには、年々、確認されている聖女の数が減っていることが原因である。  そうでなければ、伝承とはかけ離れた桃色の髪をしているクラリッサが聖女候補に名を連ねるわけがない。たとえ、彼女の力が本物だとしても、伝承とは異なる容姿というだけで正式な聖女として認められるのには実績が必要となるのだろう。 「俺は異世界の聖女が実在していることを知っている」  ダニエルはそれを利用した。 「悪夢によって、彼女の容姿を知っている」  クラリッサが妄信している異世界の聖女は前世の姉である。  万が一、別人が召喚された場合は同情をしても認めはしないだろう。 「だから、心配をするな。召喚に応じたとしても、失敗をする」 「容姿が異なっても実力があるなら認められることもあるのは知ってるだろ。過信していると足をすくわれるぞ」 「心配性だな。教会が認めるのは限られた変化だけだ。あの女が聖女候補に認められているのも髪色が薄いものだからだろう?」 「だから心配だっていうんだよ。白髪じゃなくても金髪の可能性はあるだろ。珍しい髪色じゃねえんだから」  フェリクスが心配をする理由もわかる。  彼は異世界の聖女の容姿を知らない。その存在もダニエルが認めているからこそ、認識しているだけに過ぎない。もしも、異世界の聖女の存在を認めているのがダニエルではなければ、フェリクスは認めなかっただろう。 「俺が悪夢の中で遭遇をした異世界の聖女は黒髪だ」  ギルベルト王国では黒髪は不吉の象徴とされている。  それは天使や神々を崇める教会が敵であると主張している魔族に多い髪色だからという理由である。実際、黒髪に生まれたというだけで迫害を受けている人々が存在する。中には黒髪というだけで生まれてきた時点に命を奪う親もいるくらいである。  クラリッサはダニエルが異世界の聖女と遭遇をしたことを知っていた。  それならば、彼らが認識をしている聖女は同一人物ということになる。 「恐ろしい情報を握ってやがったな。珍しく勝算があるなんて言うわけだ。足掻きようがないじゃねえか」 「だろ? だから、心配はいらねえって言ったんだ」 「先に教えておけよな。心配をして損をした気分だ」 「はは、悪いって。あの場で言うわけにはいかなかったからさ」 「そりゃそうだけど。あの女は知らねえのか?」 「あぁ、知っていれば応じないだろ」  フェリクスの言葉に対し、ダニエルは頷いた。  心のどこかでは複雑な気持ちがある。  ……召喚をされた場合のことを考えていないわけではない。  前世の姉と顔を合わせた時に冷静に判断をすることができるだろうか。  異世界から召還をされた人間を迫害することはないだろう。しかし、冷遇は受けるだろう。  ……悪いとは思っているよ。  それでも、ダニエルは前世のようにはなれない。  何よりも優先をするべきなのは現実だ。  今の家族を脅かすような要素は排除しなくてはならない。

ともだちにシェアしよう!