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*第三話* 01.星影祭は初代聖女のお祝いである

* * *  六月。アデラール魔法学院は三日間行われる星影祭の時期を迎えた。かつて魔族に脅かされていた世界を救い出したと言い伝えられている初代聖女の誕生祭を兼ねた行事の一つである。  例年、王政を担う政治家や騎士団の役職者、生徒の家族等の関係者が立ち入ることが許されていることもあり、賑やかな三日間になる。今年はギルベルト王国では数十年以来となる聖女候補として、聖教会の認定を受けたクラリッサがいることもあり、例年以上に華やかなものとなっている。 「フェリクス、ダニエル、祭壇の最終確認をお願いできるかい?」  一時間後に控えた星影祭の開催宣言では、聖女の祈りが行われる。  昨年までは最終学年の女子生徒から選ばれていた聖女役が教会の用意をした祝詞を読み上げるものだったのだが、今年はその役目を一年生であるクラリッサが行うことになっている。 「かしこまりました、殿下。祝詞の予備を準備しておきますか?」 「そうだね……。昨年までは準備をしていたみたいだけど、今日はなしでいこう」 「いいのですか?」 「クラリッサは聖女候補として選ばれたからね。聖女の祈りは覚えていると言っていた言葉を信じようと思う」 「殿下の仰せのままにいたしましょう」  ダニエルは手にしていた資料を机に置いた。  練習を繰り返していたとしても緊張により忘れてしまう可能性もある。それを防ぐ為、生徒や来客からは見えない位置に祝詞の予備を用意していた。 「フェリクス。行くぞ」 「おう」  ダニエルとフェリクスは生徒会室を出る。  最終の打ち合わせは終わった。一時間後に控えた星影祭の開催宣言に向け、ユリウスたちも準備が終わり次第、祭壇が用意されている第一体育館に向かうことだろう。 * * *  星影祭の開催宣言の儀式が始まった。  最終確認ではなにも問題はなかった。ダニエルたちは生徒会役員が座ることが許されている専用の場所で待機をする。開催宣言をしているユリウスの言葉は拡張魔法により学院中に響き渡っていた。 「ダニエル君、クラリッサには会いましたか?」 「会ってねえよ」 「そうですか。まるで伝承から抜け出したような姿でしたよ」 「興味ねえな。毎年、似たような衣装だろ?」 「今年は殿下の提案により特注の衣装を用意しています。例年通りとは思わない方が良いですよ」  ルーカスの言葉に眉を潜めた。  生徒会の会計を務めているダニエルは予算を管理している。当然のことながら、星影祭の出費は大きな影響を与える。毎年、星影祭の出費により赤字になりそうになるというのにもかかわらず、今年は聖女候補を盛り立てることが決まり、昨年の倍の予算に膨れ上がっていた。 「……昨年と同じ金額しか用意はしなかったはずだが?」  特注で聖女役の衣装を用意したとは聞いていない。  独断で進めたのだろうか。 「ご安心をください。不足分は殿下が個人としてお出しになられました」 「そこまでする必要があったのか?」 「聖教会に好印象を与える為には必要なことだったのでしょう」  ルーカスは眼鏡を指で上げる。  それから視線をユリウスに向けた。 「しかし、殿下は個人的な贈り物だと仰せになられていましたので、生徒会としては共有をすることができませんでした。二人とも、これは友人との会話の一環としてとらえていただけると助かります」  ……個人的な贈り物か。  クラリッサが入学をしてから二か月が経った。  その間、彼女は乙女ゲームのヒロインとして行動をしていた。それが無意識に行われていることなのか、意図的に行っていることなのか、判断のつかないところはあったものの、ユリウスがクラリッサに対して好意的な目を向けていることは確かである。  ……アーデルハイトにも最低限の贈り物しかしていなかっただろう。  幼い頃からの婚約者であるアーデルハイトには誕生日の祝いとして装飾品が送られてきていることを思い出す。半年に一度、手紙の返事が来たと喜んでいるのも記憶に新しい。  アーデルハイトの心中は荒れ果てていることだろう。  二か月間、アーデルハイトがクラリッサのことを疎んでいることは学院に通う誰もが知る事実と成りつつある。それは良くない傾向だった。 「そこで、協力を要請します」  それはユリウスが席を外しているからこその会話だった。  生徒会役員に与えられている席とはいえ、役職がついていない者たちは離れたところにいる。ここにいるのは三人だけだった。 「第二王子派の台頭を防ぐ為、アーデルハイト公女には殿下のお心を射止めていただきます。僕がクラリッサの気を反らします。その隙にお二人にはアーデルハイト公女の説得をしていただきたいのです」 「おいおい、妹ちゃんはユリウスに惚れてるんだぜ? なにもしなくても、隙があれば勝手に寄っていくだろ。そんなのは作戦なんて言わねえぞ」 「わかっています。ですが、それ以外の方法はないでしょう」 「いや、方法はある。あの女の立場を平民に戻せばいいだけだろ」 「フェリクス君、物事をよく考えてから口にしてください。聖女として覚醒をしていることは貴方も知っていることでしょう」  ルーカスは呆れたようにため息を零した。  それから不機嫌なのを隠そうともしないダニエルに視線を向ける。 「ダニエル君、そのような顔をしないでください」 「無理だ。アーデルハイトを利用することは許せねえ」 「わかっています。ですが、どうしようもない状況となりつつあるのは、貴方も危惧していることでしょう」 「……他の方法を考えるべきだ」 「貴方まで言わないでください。手遅れとなる前に手を打つべきなのです」  ……ルーカスの言いたいことはわかっている。  万が一の事態が起きてからでは遅いのである。常識を考えれば、平民出身のクラリッサがユリウスの隣に立つことは不可能だ。それは聖女候補という理由だけではどうすることもできない現実である。  しかし、乙女ゲームでは違った。  何らかの方法によりクラリッサはユリウスの愛を手に入れていた。そして、本来ならばアーデルハイトがいるべき場所を奪い、彼が王太子となる決め手となった。  ……殿下のお心はアーデルハイトにはない。  アーデルハイトのことを疎んでいるのは目に見えてわかることだった。 「ダニエル。悩むことじゃねえよ」 「……妹の一大事でもあるんだ。悩まないわけにはいかないだろう」 「婚約者の心を射止めれなかった妹ちゃんの非だ。俺たちは三人でそれを補ってやればいいだけの話だろ」  フェリクスの言葉が正しいことはわかっている。  ルーカスの心配が正しいこともわかっている。  ……それでも、なんとかしてやりてえんだよ。  ダニエルはフェリクスに身体を寄せる。それからため息を零した。 「あの女が聖女候補から外れたら解決をするか?」  ダニエルの問いかけの意図を理解しているのはフェリクスだけだろう。  先々月、口約束ではあるが、異世界の聖女を召喚することができればクラリッサの立場は揺らぐ可能性が出てくる。聖教会は黒髪黒目の異世界の聖女を認めないだろう。そうなれば、彼女のことを異世界の聖女だと言い張るクラリッサは異端者となる。  そのような事態が引き起こされた場合、聖女候補から外されるだろう。 「ダニエル君もフェリクス君と同じようなことを言わないでください」  ルーカスは呆れたように言い放った。 「そのような方法がどこにあるというのですか? 現実に向き合うべきです。覚醒をした彼女を聖女候補の立場から引きずり下ろすことはできません。それよりも殿下の目を覚まさせる方法を考えましょう」  それを話し合うのには時間が足りなかった。  ユリウスは開会宣言を終え、舞台を降りた。 「このことはくれぐれも内密でお願いします。後ほど、対策を練りましょう」 「あぁ、その方が良いだろうな」 「考えておく」 「……頼りにしていますよ、二人とも」  ルーカスは不安そうな表情をしていた。  しかし、ユリウスに悟られてはならないと言わんばかりに気を張り詰める。その表情は違和感のあるものとなり、ダニエルとフェリクスは大笑いをしていた。

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