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02-1.聖女候補のヒロインは奇跡を願う
クラリッサは落ち着いていた。
初代聖女が好んでいたとされている白色を基調としたドレスに身を包んだ彼女の表情は穏やかだ。緊張している素振りも見せない。
誰もがクラリッサに目を奪われていた。
それは彼女を疎んでいるダニエルとフェリクスも例外ではない。もちろん、その美貌に目を疑ったわけではなく、日ごろの言動からは想像することもできない聖女候補らしい振る舞いに驚いただけなのだろう。
……想定外だ。
ダニエルはクラリッサが聖女候補の立場を追われるようなことを企んでいた。
……召喚が成功しなければ、聖女候補の身分を奪うことはできない。
発動させることは不可能であることを前提としているとはいえ、正真正銘の魔方陣の上に祭壇はある。魔方陣に足を踏み入れ、祭壇を拝むかのように両膝を付けた。それから目を閉じ、祈りの姿勢に入る。
そこまでは完璧だった。
誰も文句をつけることはできないだろう。
祈りの言葉を口にするクラリッサの声が響き渡る。
* * *
「――主たる神々の導きをお祈りいたします」
祈りの言葉はクラリッサにとっては慣れ親しんだものだった。
星影祭の聖女役に選ばれる以前から何度も何度も祈りを続けていた。いつの日か、クラリッサの祈りが届くことを信じ、一日二回のお祈りを捧げてきた成果は発揮されている。しかし、この場にいる全員がクラリッサに目を奪われているということに気付くことはなかった。
……大丈夫。成功をするから。
祈りの言葉を紡ぎ終わった。
打ち合わせ通り、クラリッサは立ち上がり、祭壇を降りなくてはならない。
……聖女様。
しかし、クラリッサは立ち上がろうとしなかった。
不穏な気配を察知したのだろうか。教授たちの声が騒がしくなる。
……あたしが聖女様を救ってみせます。
両手を魔方陣に押し付ける。それから目を閉じ、魔力を両手に集中させる。
魔法に変換をする必要はない。クラリッサがこれから行おうとしている魔法の全ては足元に描かれている。聖女の力を覚醒させているクラリッサが魔力を込めれば、それはお飾りではなく、魔方陣としての本来の役目を果たすことになる。クラリッサはそのことに気付いていたのだろう。
「【聖女の呼び声に応えたまえ】」
魔力が魔方陣を流れる。
それは眩い光を発する。
「【世界を救う唯一の人よ。この声に応じたまえ】」
それは打ち合わせではなかった行動だった。魔方陣は眩い光を放ち、妨害をしようとした教授たちの行動を阻む。
クラリッサ以外は魔方陣に足を踏み入れることはできない。
誰も止められない暴挙だった。しかし、それは初代聖女の降臨以降、謎に包まれていた異世界の聖女の存在を解明する唯一の希望でもある。強引に魔方陣の発動を止めようとしないのは、その希望を捨てきれないからなのだろう。
「【異世界の扉よ、開け】」
クラリッサの声に応えるように甲高い音が鳴り響く。
そして、光が徐々に収まっていく。
……聖女様。
クラリッサは涙を流す。それは抑えきれない感動によるものだろう。
祭壇は消えていた。その代わり、そこには呆然とした表情を浮かべた黒髪黒目の少女が立っていた。年齢はダニエルたちと同じくらいだろうか。
「お待ちしておりました、聖女様」
クラリッサは迷うことなく少女の手を取る。
それから屈託のない笑顔を浮かべた。
「……クラリッサ……?」
「はい。そうですよ、聖女様」
「え、嘘よ、……まさか、夢?」
「嘘でも夢でもありません。聖女様。あたしを救ってくださった聖女様が苦しまれている姿なんて見たくなかったんです。だから、祈ったんです。聖女様がギルベルト王国に来られるようにと一生懸命に祈ったんです」
クラリッサの言葉には嘘はなかった。
それから少女を慰めるかのように抱き締める。
「もう一人で泣かなくてもいいんですよ、聖女様。あたしが聖女様のことを救ってみせますから!」
魔方陣の効果が消えたのだろう。
唖然とした表情を浮かべていた教授たちは、急いでクラリッサたちの元に駆け寄った。
* * *
「マジかよ」
フェリクスの驚いた声により我に返ったのだろう。
ダニエルの目は見開かれ、思わず立ち上がる。
クラリッサが召喚をした少女の姿を見ることができた者は限られていることだろう。素早く、教授たちがクラリッサの腕を掴み、少女と共に移動をさせたのは正しい行動だった。
「はは、黒髪かよ」
「……そうだな」
「喜ぶべきだろ? ダニエル」
「言われなくともわかっている。少しだけ、頭が追い付かないだけだ」
「は? お前は知ってただろ」
「夢と現実では衝撃が違うんだよ」
「ふうん。そういうものか? 俺は笑えて仕方がねえけどなぁ」
フェリクスはダニエルの肩に腕を回す。
それから騒然としている周囲を見渡した。
「星影祭は中止になるかもしれねえなぁ」
「……それは難しいだろう。それこそ、呪われそうだ」
「あー。なんか言い伝えがあったな? ダニエルは覚えているか?」
「呪いのような言い伝えという認識しかない。魔方陣が本物だったことを考えると、その言い伝えも本物の可能性があるだろ」
「なるほど。聖教会が言い出しそうなことだなぁ」
魔方陣は消滅をしている。
それ自体は珍しいことではない。役目を終えて、消滅することは古い魔法にはよくあることである。
「生徒はただちに寮に戻ってください!! 本日の星影祭は延期をいたします!」
「早く! 戻ってください!!」
教授たちの慌ただしい声が響く。
出席をしている生徒たちは当然のことながら、参列をしている大人たちの動揺もあるだろう。もっとも、大人たちは想定外の事態には慣れているのだろう。生徒とは比べようにもならないほどに冷静だった。
「おい、ルーカス。お前まで呆けてるなよ。真っ先にあの女の元に駆けていったバカの対処を考えるべきだ」
「……よく冷静でいられますね」
「興味がねえからな」
「冗談でしょう。召喚をされたのは黒髪でした。不吉の象徴ですよ。良からぬことの前触れと思えて仕方がありません」
「はは、聖女候補が魔族の使者を呼び出したってことかぁ?」
「笑い話ではありません!!」
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