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02-2.聖女候補のヒロインは奇跡を願う

 フェリクスの不謹慎な言葉に対し、ルーカスは頬を真っ赤に染めて怒る。  ダニエルは二人のやり取りを聞いているだけだった。  ……不吉か。  黒髪は魔族に多い特徴の一つである。黒髪を持つ人々は魔力を持たなくとも魔族との関係性を疑われ、迫害をされる。ギルベルト王国内では、魔族の存在を最後に確認されたのは二十五年前だというのにもかかわらず差別はなくならない。  ……現実になると複雑だな。  ダニエルは召喚された少女のことを知っている。  遠目で見てもわかってしまった。心のどこかでは別人であればいいと願っていたのかもしれない。実際に目にしてしまうと胸が締め付けられた。  ……見捨てる覚悟が足りなかった。  それは後悔によるものだろうか。それとも罪悪感によるものだろうか。  ……最悪だな。救うつもりもないくせに。覚悟の一つもできていない。  フェリクスのように笑えない。  ルーカスのように不吉の象徴だと嫌悪感を抱くこともできない。  クラリッサのように少女の存在を肯定することもできない。  取り残されたような気分だった。 「ダニエル?」 「……なんだ」 「大丈夫か?」 「あぁ、問題はない」 「バカ、問題しかねえだろ。辛いなら無理をするんじゃねえよ」 「無理なんかしていねえよ」 「その顔で言われてもなぁ。説得力はねえぞ?」  フェリクスはダニエルの頬を掴む。  それから額に口付けをした。 「ダニエルが気にするようなことはなにもねえんだよ」  フェリクスもすべてを知っているわけではない。それどころか、証拠もない話をダニエルの言葉だからだと素直に信じてしまっている。ダニエルが嘘を吐いているとは微塵も考えていないのだろう。 「大丈夫だ。俺がいるだろ?」  ダニエルを覆い隠すように抱きしめる。  立ったまま、抱き合う二人に注目をする人はいない。ルーカスも呆れたような表情を浮かべただけだった。干渉しようとしないのは興味がないからだろうか。 「お前は俺のことだけを見てればいい。俺もダニエルだけを見ている。邪魔をしようとする奴が悪いんだ。そいつらに同情をしてやる必要はねえよ」 「……重いんだよ、バカ」 「はは、知ってる。それでも、ダニエルは俺の手を取るだろ?」 「当然だ。フェリクスは俺がいねえと可笑しくなるだろ」 「ん? あぁ、そうかもしれねえなぁ」  フェリクスは笑いながら肯定をした。  二人が離れ離れになったことはない。  何かと言い訳をしながらも共に過ごすことが多かった。それぞれの家で過ごす時間等、一緒にいられない事情がなければ彼らはいつも一緒にいた。  ……俺がいなくなると、フェリクスは可笑しくなる。  ダニエルはその光景を見たことがない。  しかし、頭の中では理解をしていた。  ……ゲームでは違った。可笑しくなったのは俺だった。  乙女ゲームの攻略対象であるフェリクスはヒロインに惚れてしまう展開も存在していた。それはゲームの中の話である。現実ではない。  フェリクスが傍にいなくなった乙女ゲームの展開を思い出す。  ダニエルは悪役令息として断罪をされる。それは悪役令嬢としてヒロインの前に立ちふさがるアーデルハイトに巻き込まれる形や妹を庇った結果であることが多かったが、選択肢によってはヒロインに対する強い嫉妬心によりフェリクスを刺し殺そうとしてしまう。  ダニエルが知っている未来の可能性には、フェリクスが可笑しくなるものはなかった。可笑しくなってしまうのはダニエルだったはずだ。  ……それなら、この記憶は何なんだ。  ダニエルはフェリクスが狂ってしまう未来を知っている。  頭の中を過る光景を見たことがあった。しかし、心当たりがない。 「ダニエルが居なくなるなんて俺には耐えれねえよ」 「ふうん。俺が先に死んだらどうするつもりなんだ」 「縁起でもねえことを言うんじゃねえよ。考えたくもねえ」 「例え話だろ?」 「簡単に言ってくれるよなぁ。まあ、そんなことが起きるなら一緒に死んでやるよ。置いて逝かれるつもりも、置いて逝くつもりもねえから」  その言葉に対し、ダニエルは困ったように笑った。  その場限りの答えではないだろう。フェリクスは実行をしてしまうだろう。 「フェリクスを置いてなんかいかねえよ」  その時は共に死を選ぶのだろう。  ダニエルはその言葉を告げることはなかったが、フェリクスには伝わったのだろう。ダニエルを抱きしめる力が強くなる。それを拒絶せずに受け入れる。 「二人とも、続きは部屋に戻ってからしてください」  甘い空気を壊すのはルーカスだった。  荷物を纏めていたらしいルーカスは眼鏡に触れる。それから、フェリクスから冷たい視線を向けられていたが、気にもせずにため息を零した。 「生徒会室に戻りましょう。理事長たちの判断を待たなくてはなりません」 「俺たちは部屋に戻りてえんだけど」 「用事があれば呼べばいいだろう。それではいけないのか?」  二人の答えに対し、ルーカスはため息を零した。  なにかと付き合いのあるルーカスには二人の考えていることがわかっていたのかもしれない。 「二人の様子を見る限りでは呼んだところで応えないでしょう。僕も友人の情事など見たくも聞きたくもありません。用事が済むまでは我慢をしてください」  迷うことなく、二人の提案を断った。 「急ぎましょう。殿下を説得しなくてはいけません」  ルーカスの言葉はもっともなものだった。  聖女候補であるクラリッサの立場は危ういものになった。それは聖教会の神父たちが判断を下すものとはいえ、不吉の象徴とされている黒髪の少女を召喚したクラリッサが今まで通りの待遇を受けられるとは考えづらい。それこそ、召喚された少女が奇跡の力を披露しない限りは不可能だろう。  そのような状況ではクラリッサを擁護するユリウスの立場も危険に晒される。  第二王子派や過激派はここぞとばかりに声をあげることだろう。婚約者を蔑ろにしているユリウスをベッセル公爵家が庇うとは限らない。そうなれば、第一王子派はバランスを崩すことになるだろう。 * * *  ルーカスの予感は的中していた。  生徒会室には既にユリウスがいた。真剣な表情で本を読み漁っている。  生徒会長の机の上には何冊も本が積まれている。それらは聖女に関わるものばかりだった。ユリウスがクラリッサの為になにかしらの方法を探しているのは聞かなくてもわかることだった。 「三人とも、なにをしていたんだい? 今すぐ、資料を集めなくてはいけないというのに。君たちには危機感というものがないのかな?」  苛立ちを隠せない口調だった。  ユリウスは文句を言いつつ、本を捲る。探している情報が見当たらないと判断をすると、すぐに次の本に手を伸ばした。

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