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02-3.聖女候補のヒロインは奇跡を願う
「ユリウスには言われたくねえなぁ」
「どういう意味かな?」
「この状況でまだあの女のことを信じてるんだろ。救う方法でも考えているのか? それとも、過去に同じような事例がなかったか調べているところか? それが意味のねえ行動だってわからねえのかよ」
フェリクスは見下すかのように笑った。
その言葉にユリウスは顔をあげる。彼の表情にはいつものような余裕はない。話し方こそは穏やかな口調ではあるものの、焦りを隠しきれていない。
「殿下。貴方がされるべき行動はクラリッサの擁護ではなく、ご自身の立場を守る行動だと僕たちは考えています」
フェリクスの言い方だと喧嘩になると判断をしたのだろうか。
ルーカスが前に出ていく。それから、迷うことなくユリウスが読み漁っていた本を閉じた。
「第一王子派であるマイザー公爵家の者としての忠言です。殿下、どうか、クラリッサをお見捨てになってください」
それは大人たちによって選ばれた第一王子の友人としての言葉でもあった。彼らの友情は家の判断によっては簡単に崩れてしまうものだということは、この場にいる全員が知っていることだった。だからこそ、マーカスは自身の生まれである公爵家の名を出したのだろう。
ギルベルト王国には五つの公爵家が存在する。
その内、三つの公爵家が第一王子を次期国王にするべく動いている派閥に所属をしているのだが、ユリウスの対応によってはその関係は崩れることになるだろう。
「お前たちはクラリッサが召喚を成功させたところを見ていなかったのかい?」
ユリウスは呆れたような声をあげた。
それに対し、ルーカスは額に手を当てる。
彼らが生徒会室に集まってきたのはクラリッサがどのような人物を召喚したのかを見てしまったからである。それをユリウスは理解をしていないのだろう。
「クラリッサは異世界の聖女の存在を証明してみせた。あの日、ダニエルが持ち掛けた賭けに勝ったようなものだろう。彼女は聖女候補ではなく、正真正銘の聖女であると認定されることだろう。それなのにクラリッサを見捨てようと考えるのは理解ができないよ」
「本当にそのように考えていらっしゃるのですか?」
「ルーカス。なにを心配しているのだい? 僕の立場を守るべきだというのならば、この場所にいる全員が協力をしてクラリッサを守らなくてはいけないよ」
ユリウスの発言に対し、ルーカスは黙ってしまった。
それは言い負かされたからではなく、本気でクラリッサのことを信じているユリウスの発言に呆れたからだった。
……殿下の心がアーデルハイトにはないことは知っていた。
元々、政略目的の婚約だった。
王妃は過激派を含む第二王子派とも交流があったベッセル公爵家をユリウスの後ろ盾にすることを企み、彼らの婚約を決めた。アーデルハイトはベッセル公爵家を第一王子派から抜け出さないようにする為の人質のようなものである。
……父上はこの状況を知れば、ご決断されることだろう。
第一王子派であると公にすることは控えてきた。
言わなくとも、娘が第一王子の婚約者なのだから立場はわかるだろうと無言で訴えていたのには理由がある。
……それを殿下は理解をしていない。
ユリウスがアーデルハイトを無碍に扱えば、ベッセル公爵家は婚約破棄も視野に入れることを知らないのだろう。器量に優れているアーデルハイトを嫁に欲しいと希望する者は少なくはない。
「殿下」
ダニエルが口を開いた。
呆れたような視線を向けていることにユリウスは気づいていないのだろう。
「アーデルハイトのことはどのようにお考えでしょうか」
拳を握りしめる。癖で爪を立ててしまっていることに気付いたのか、フェリクスはダニエルの腕を掴み、落ち着くように耳打ちをした。
……乙女ゲームとは違う展開になっているのはわかっている。
乙女ゲームでは星影祭を通じて異世界の聖女の存在を語られることはあったものの、実際に異世界の聖女が登場したことはない。
しかし、物語の中でも重要な選択肢が存在している。
それは避けられないものなのだろう。
……星影祭では三回のダンスパーティーが行われる。
それは生徒会として打ち合わせをした流れの中にもあった。
星影祭が中止にならなければ行われるだろう。
……ヒロインは好感度の高い攻略対象と踊る。現時点では間違いなく、殿下と踊られることだろう。
婚約者であるアーデルハイトを押しのけ、クラリッサがユリウスと踊る光景を想像することができる。それによりベッセル公爵家はアーデルハイトにはユリウスを引き留める価値はないと判断するというのが乙女ゲームの定番の流れだ。それを思い出し、ダニエルの表情は暗くなる。
「彼女は僕の婚約者だからね。きっと、クラリッサのことを理解してくれるよ」
「……アーデルハイトはそのようなことはしないでしょう。妹にとって、彼女は殿下の寵愛を受ける平民でしかありません。二人の対立が免れないことは殿下もご存じではありませんか?」
「それは上手く調節をしてみせるよ。僕も彼女たちの争う姿を見たいわけではないからね。正式な聖女に選ばれてしまえば、アーデルハイトもクラリッサのことを認めないわけにはいかないだろう?」
ユリウスの言葉は理想論だった。
そのような理想論だけでは火種を生むだけだということは身をもって知っているはずなのにもかかわらず、自覚がないのだろうか。
「理想論が成立をするのならば、殿下は幼い頃から王太子に任命されていたことでしょうね」
ギルベルト王国には王太子がいない。
第一王子と第二王子の母親が違うことにより、国王はどちらかを王太子に選ぶことが困難となっている。通常ならば母親の身分の高さによって決められるのだが、王妃と側妃の出身は公爵家である。
それが王子たちの対立を長引かせる原因となっていた。
ブライトクロイツ公爵家出身の王妃は幼い頃の婚約者だった女性だ。しかし、ユリウスを産んだ以降、病を患い、子どものできない身体となってしまった。そのことにより国王は王妃でなく、側妃を迎え入れることにしたのは有名な話だ。
よりにもよって選ばれた側妃はフランク公爵家の次女だった。側妃が産んだ第二王子こそが王太子に選ばれるべきだと主張する側妃は何人も子ども産んでいる。それは国王からの寵愛の証拠だと公言していた。
「どちらかを選ばなくてはいけない状況になっています。殿下、個人としての考えではなく、ギルベルト王国の第一王子としてのご決断をなさってください」
ダニエルはそれだけ言うと口を閉ざした。
それからフェリクスに視線を向ける。
「副会長として宣言する。俺たち三人は理事長たちが下す決断に従う。どのような判断になったとしても、生徒会として行動をさせてもらう」
それは事前に打ち合わせをしていたものだった。
その言葉を聞いたルーカスはユリウスに頭を下げ、定位置となっている椅子に座る。ダニエルとフェリクスも同じように長椅子に寄り添って座る。
誰一人としてユリウスの行動には手を貸さない。
それは個人的な感情ではなく、合理性を重要視する生徒会役員としての判断だと宣言をしたのは、どちらに転んだとしても自分たちの身を護る為の言葉だった。ユリウスはそれにも気づいていないのだろう。
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