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02-4.聖女候補のヒロインは奇跡を願う
アデラール魔法学院の理事長を含める十名の理事たちによる会議が終了したことを告げられたのは、それから三時間後のことだった。理事たちが下した決定事項が生徒会室に届けられ、各自、書類に目を通す。
……聖教会側の判断に委ねるのか。
クラリッサは聖女の力を覚醒させている為、理事たちの判断だけでは聖女候補の地位をはく奪するわけにはいかなかったのだろう。聖教会の判断と国王の判断が決まり次第、対応を検討すると書かれていた。
「――皆様、書類には目を通していただけたでしょうか」
書類を届けに来た魔法薬学の教授、アドルフ・エイベルに視線を向ける。読み終わったことを確認したのだろうアドルフは杖を振るい、それぞれの手元にあった書類を全て回収し、生徒会室にある極秘事項の書類が片付けられる金庫の中へと入れてしまった。
「生徒会には生徒の代表としての役目を全うしていただきます。その中には、生徒会役員の一人である聖女候補の監視も含めております。不審な言動が見られた場合、速やかに報告をお願いいたします」
「教授、クラリッサは生徒会の大切な仲間だよ。監視は必要ないと思うけど?」
「殿下のお考えは重々承知しております。しかし、聖女候補の監視は理事会会議の決定事項でございます。アデラール魔法学院に在籍をしている間は方針に従っていただかないと困ります」
ユリウスの発言は速やかに否定された。
王族の権力に靡かないことで有名なアドルフを説明役としたのは、ユリウスがクラリッサのことを信じ切っているからなのだろう。理事会会議での決定事項を意図的に変えられないようにと融通の利かないことで有名なアドルフを抜擢したのだろう。
「聖女候補が召喚をした異世界の少女の監視をしていただきたいと思います。皆様が授業を受けられている時間帯やプライベートの時間帯は私たちが交代で監視役をいたします。その為、主には、星影祭の三日間の監視をお願いしたいのです」
アドルフは用件だけを言い、軽く頭を下げた。
生徒会は理事長会議の決定には逆らわない。それを知っているからこその内容だったのだろう。
「二人を連れてまいります。その間に方針の確認をお願いします」
アドルフは返事を聞かず、生徒会室を出ていった。
閉められた扉を確認し、ダニエルは伸びをする。その隣に座っているフェリクスは大きなため息を零していた。
彼らの予想とはかけ離れていた結論だったのだろう。
アデラール魔法学院内で決められるような事態ではなかったというのが原因だろう。聖教会や国王の結論を待たなくてはならない。
……さて、どうするか。
星影祭は夕方から再開されるのだろう。
それを通達する為の放送を聞きながら、ダニエルは伸びを止め、フェリクスに寄り添う。考え事をしている時の無自覚の行動だと理解をしているフェリクスはダニエルの髪を弄り始めた。こちらも考え事をしている時の手癖である。
……また泣くのだろうか。
召喚された少女は前世の姉だった。
夢の中で見た姿とほとんど変わらない。
……慰めてやることなんて出来もしないのに。
ため息を零す。
良い方法が浮かばなかった。
* * *
「ユリウス様! 聞いてください! カノンさんは正真正銘の聖女様なんですよ!!」
「クラリッサ、それは君が騙されているだけなのかもしれないよ?」
「そんなことはありません! カノンさんはあたしを導いてくださった聖女様なんですよ!?」
「泣かないで、クラリッサ。君に泣き顔は似合わないよ」
アドルフに連れられて生徒会室に入室をしたクラリッサは、ユリウスに駆け寄った。必死に訴えるクラリッサに同情したのだろうか。
ユリウスは立ち上がり、クラリッサの涙を拭う。
それから彼女の手を取り、ソファーへと誘導をする。
「クラリッサが召喚した君もこちらに座るといい。話を聞かせてほしい」
「殿下! 不用心な対応はお止めください!」
「ルーカスの気持ちもわかってはいるつもりだよ。だけどね、女性を立たせたままでいるのも紳士らしくない振る舞いだと思わないかい?」
「それは……。いえ、そうだとしても警戒を怠らないようにお願いします。フェリクス君、ダニエル君、遠巻きで見ていないで貴方たちも警戒をしてください!」
彼らのやり取りに戸惑ったのだろうか。
黒髪の少女、霧島花音は周囲を見渡していた。その仕草に呆れたような仕草を見せつつ、アドルフは花音をソファーへと誘導する。
「警戒しているから距離をとってるんだけどなぁ」
「フェリクス。彼奴の顔を見てみろよ、今にも怒鳴り声をあげそうだ」
「あー? はは、それもそうだなぁ。遠巻きで見てようぜ? 巻き込まれるのは面倒だ」
「そうだな。俺も巻き込まれるつもりはない」
ダニエルは花音を見る。
その視線に気づいたのだろうか。それとも会話の内容に気づいたのか。花音はアドルフに誘導されつつも振り返った。それから大きな目を見開き、動きが止まる。
……気づいたか。
わざと大きな声で会話をしていたのだ。
気づかなければおかしいとすらも思っていた。
……厄介事には巻き込まれたくはない。だが、殿下に近づかれるわけにもいかない。
ダニエルは足を組み直す。
それからフェリクスに寄り添っていた姿勢を元に戻し、花音から目を反らす。
「……ゆー、ちゃん……?」
花音の口から零れた呼び名には心当たりがあった。
それはダニエルの前世、霧島優斗のあだ名だ。主には家族や親しい友人だけが呼んでいたものだった。
それを呼ばれてもすぐには反応をすることができない。
妙な違和感がある。それが今の自分自身を呼ぶものではないと拒否をしているような気分になる。それなのにもかかわらず、懐かしさも覚える。
矛盾だらけの心を無視してダニエルは花音に視線を戻した。
「ゆーちゃん!!」
花音はアドルフの制止を振り切り、ダニエルの元に駆け寄る。
それを待っていたかのようにフェリクスは杖を花音に向ける。ダニエルも愛用している杖を取り出し、いつでも攻撃を仕掛けられるのだと無言で訴える。
「ダメです! カノンさん!!」
「クラリッサ!?」
「それ以上は近づいてはダメです! お願い! 止まって!!」
無言の威圧を受けつつも、ダニエルに近づこうとする花音の行動を制止させたのはクラリッサの声だった。クラリッサはユリウスの手を振り切り、飛び出す。
「ダニエル様もフェリクス様もやめてください! カノンさんはあたしが言っていた聖女様なんですよ!?」
クラリッサは花音を庇うように立ち塞がる。
相変わらず、杖を下ろそうとしないフェリクスとダニエルに対し、情に訴えるような言葉を口にするものの、意味はなかった。
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