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02-5.聖女候補のヒロインは奇跡を願う
「知ったことじゃねえなぁ」
フェリクスは杖をクラリッサに向ける。
邪魔をするのならば聖女候補とはいえ排除する。と、昨日までならば許されなかった行為をしても問題ではなくなる。先ほど告げられた不審な言動に対する緊急対処だったと言ってしまえば許されてしまうことだろう。
「黒髪は監視対象だ。不穏な動きをした奴を警戒するのは当然のことだろ?」
「でも、カノンさんはなにもしていないじゃないですか!」
「俺たちに無遠慮に近づこうとしただろ?」
「たったそれだけのことで杖を向けるんですか!?」
「十分な理由だろ」
フェリクスはクラリッサにも冷たい目を向ける。
それすらも気に入らなかったのだろうか。ダニエルはフェリクスとクラリッサの会話を遮るように舌打ちをした。
「ダニエル、舌打ちをするんじゃねえよ」
「うるさい」
「機嫌悪いなぁ。どうしたんだよ? 言ってみろよ」
「別に。なんでもない」
「あ、爪を食い込ませるなって。傷になるだろ」
フェリクスはダニエルの左手を掴む。
強く握りしめられている左手を優しく解いていく。
「嫉妬深いダニエルも可愛いな」
フェリクスはダニエルの頬に唇を寄せる。それから触れるだけのキスをした。
「触らないで――!!」
それが花音を刺激したのだろう。
悲鳴にも似た声をあげた。花音を庇うように前に立っていたクラリッサも驚いたのか、思わず、よろけてしまう。慌てて駆け寄ったユリウスは腕を伸ばしたが、間に合わず、クラリッサは床に座り込む。
花音の声に反応をしたのだろう。
生徒会室にある花瓶やガラスが次々に割れていく。子どもが癇癪を起した時に引き起こされる魔力暴発にも似ている現象だった。破片は浮かび上がり、フェリクスたちの元に降り注ぐ。
「【我が身を守れ】」
ダニエルは反射的に魔法を発動させる。
ダニエルとフェリクスの周りには風属性の半透明な壁が現れ、降り注ぐ破片を全て弾いた。フェリクスが魔法を使わなかったのは火属性の魔法では危険性が増すだけだとわかっていたからだろう。
……傷はないだろうか。
ダニエルはキスをすることを止めたフェリクスの頬を自由になった左手で掴む。それからフェリクスが傷ついていないことを確認するような仕草をする。
……間に合って良かった。
切り傷が一つもないことを確認すると、安心したのだろう。フェリクスの頬を掴んでいた左手を離した。
「ダニエル。維持できるな?」
「問題ない」
「そうか。俺の魔法だと炎上させちまうからな」
「知ってる。室内では役に立たないんだから、俺が守ってやるよ」
「はは、言ってくれるなぁ。頼りにしてるぜ? ダニエル」
「任せておけ」
ダニエルは余裕そうな表情だった。
杖を振るい、弾かれたガラスの破片を回収する。
その間にアドルフは動いていた。素早く、花音の腕を掴み、床に押さえつける。
生徒会に彼女たちを引き渡した直後に退室しなかったのは、万が一の事態に備えていたからなのだろう。未だに魔力暴発が収まらない花音の頭に魔法薬をかける。強制的に眠りに落とす魔法薬を用意していたのだろう。
「あれのどこが聖女だよ」
フェリクスは魔法薬により魔力の暴発が収まりつつあるものの、意識は失っていない花音に対し、化け物を見るような眼を向けていた。
……化け物としか言いようがないな。
ダニエルは心の中で同意をする。
前世では姉弟だった。しかし、今は関係がないものだと割り切れてしまう。
夢を見た時のような動揺はなかった。前世の記憶を取り戻す以前から刷り込まれ続けてきた黒髪は不吉の象徴だという考え方が根付いているのだろうか。
「教授! やめてください! カノンさんはわざとじゃないんですっ!」
クラリッサは花音を庇うような行動をする。
花音の行動は意図的なものではなかったのだろう。今まではあり得なかった現象に戸惑い、それを抑えつける方法も知らなかったからこその暴走だ。感情的になってしまったからこその現象だということは、教授であるアドルフがよく知っていることだった。
しかし、それが許されるわけではない。
花音は公爵子息を攻撃した。それは間違いなく事実だった。
「あたしがカノンさんを説得してみせます! だから、カノンさんを連れて行かないでっ!」
「しかし、そういうわけには――」
「お願い! カノンさんは誰かを傷つけるようなことをしませんから!」
クラリッサの言葉にアドルフはため息を零した。
それから杖を振るい、花音にかけていた魔法薬を取り除く。
「わかりました。ですが、理事長たちには報告をさせていただきます」
クラリッサの言葉を信じたのだろうか。
アドルフはまだ学院を離れていないだろう理事長たちへと報告をする為、その場を離れた。生徒会室の扉が閉められた音が響き、クラリッサは安心をしたように胸を撫で下ろしていた。
……理解をしていないのだろうか。
アドルフは理事長たちに報告をすると言っていた。
学院の理事長を務めているのはフェリクスの父親である。九名の理事の中にはダニエルの父親も含まれている。自分たちの息子に傷を負わせようとした花音のことを快く受け入れるとは考えにくい話だ。
……父上とブライトクロイツ公爵は俺たちが交際をしていることを知っている。
ブライトクロイツ公爵家から婚約の話も持ち掛けられているはずである。
ダニエルの父親も二人の交際には賛成をしていた。
それなのにもかかわらず、先延ばしにしているのはダニエルの婚約に関わる話は、兄であるレオンハルトが仕切っているからである。レオンハルトの帰国時期が決まり次第、婚約の話が進められることだろう。
……報告をされたところで俺たちは何も困らない。
クラリッサはなにかを期待するかのような目をダニエルたちに向けていた。恐らく、交際をしているが、婚約をしていない二人が非公式の関係だと思っているのだろう。
「カノンさん、大丈夫ですか?」
「……うん、大丈夫よ。さっきのはクラリッサがしたの?」
「違いますよ。カノンさんの魔法です。異世界の聖女様の魔法は変わっているんですね、呪文も唱えずに魔法が発動したのは初めて見ましたよ!」
クラリッサの言葉を聞き、花音は何度も瞬きをした。
魔法を発動させた実感がなかったのだろう。
「カノンさん?」
クラリッサは首を傾げた。それから座り込んだままの花音に手を差し伸べたところで、強制的に引き離される。ユリウスがクラリッサの身体を引っ張り、自分自身の後ろに隠したのだ。
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