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02-6.聖女候補のヒロインは奇跡を願う
「ユリウス様! 離してください!!」
「ダメだよ。それ以上は近づいてはいけない」
「どうしてですか!?」
「クラリッサの為だよ。彼女は危険だからね」
ユリウスの言葉に対して絶望をしたかのような表情を浮かべていた。
「……ユリウス様は、違うと思っていたのに」
悲しそうな声だった。
それからユリウスの腕を振り払い、前へと出る。庇われることを拒むクラリッサに驚いたのだろうか。ユリウスはそれでも彼女を守ろうと手を伸ばしたのだが、それは払い除けられた。
クラリッサは花音の隣に座り込む。
それから、警戒態勢を緩めないダニエルたちを見上げる。
「ダニエル様」
「……なんだ」
「魔法を解いてください。カノンさんが悲しんでいるのがわかりませんか?」
どのような冷遇をされても笑っていたクラリッサとは思えない表情だった。アーデルハイトに平手打ちをされて涙を流すことがあっても、絶望したような表情を見せたことはない。苦しいことがあったとしても、周囲の協力を得て乗り越えていく理想的なヒロインだった。
……言われなくてもわかっている。
花音は異世界の人間だ。
乙女ゲームを通じて知っている世界観とはいえ、実際に異世界に召喚をされるとは思ってもいなかったことだろう。なによりも、乙女ゲームとは異なり、自らの意思で生きている彼らに敵意を向けられるのは想像絶することだろう。
だからこそ、花音はダニエルに助けを求めようとしたのだろう。
「カノンさんは、あたしが異世界から召還をした聖女様です。ダニエル様は約束をしてくれたじゃないですか。あたしのことを信じてくれるんでしょう? それなら、魔法を解いてくださいよ」
その言葉に対してダニエルは笑った。
ダニエルの隣ではフェリクスが大笑いをしている。
普段ならば、緊張感のない二人を注意するルーカスは放心状態のユリウスへの対応で手がいっぱいになっている。
「勘違いをするなよ」
ダニエルは杖から手を離さない。
魔法も解くつもりはなかった。
「俺は伝承通りの異世界の聖女ならば、お前の提案を考えてやってもいいと言っただけだ。その女は伝承とはかけ離れているだろう? それなら、俺がお前の提案を考えてやる必要もない」
聖教会が伝承として残している異世界の聖女の容姿は、白髪赤目の女性だ。花音の容姿は伝承されているものとは大きく異なっている。だからこそ、監視対象となったことをクラリッサは知らないのだろうか。
……貴族に歯向かうのは聖女と言えない。
それはわかっていたことだった。
花音はフェリクスを敵視している。ダニエルとフェリクスが堂々といちゃつけば彼女の地雷を踏むことは想定内だった。聖教会と国王の判断を待つことにした理事長たちの決断を揺らがす為の行動だった。
……だから、諦めてくれ。
ダニエルは花音の味方にはなれない。
前世の記憶が決意を揺らがそうとする。姉を泣かせているのは自分自身だと責める心の声に耳を塞いだ。今を生きることを選んだダニエルには姉はいないのだと、自分自身に言い聞かせるのだが、それも、限度があるだろう。
ダニエルの心の声が聞こえたのだろうか。
フェリクスはダニエルの左手に自身の手を重ねる。傍にいると訴えるかのような何気ない仕草だったが、それはダニエルを前に進ませる勇気になる。
「聖女候補の暴走により召喚をされたことは同情する。それだけの話だ」
花音に視線を向ける。
座り込んだままの姿勢の花音と目が合った。
「……ごめんね、ダニエル」
泣くのを堪えているのだろう。
花音を支えようとしているかのように肩に腕を回したクラリッサの行動に気にすることもせず、花音はダニエルの名を呼んだ。
「それは攻撃をしたことに対しての謝罪か?」
「おい。返事をするな。洗脳でもされたらどうするつもりだ」
「洗脳?」
「呪文も唱えずに魔法を使うような奴だぞ。妙な手札を持っていてもおかしくはねえだろ」
「あぁ、そういうことか」
反射的に応えていたのだろう。
慌てるフェリクスの言葉がおもしろかったのか、ダニエルは楽しそうに杖を回す。魔法を解いていないのは警戒をしている証拠だろう。
「納得してんじゃねえよ。目も合わせんな。魔法を解くんじゃねえぞ」
それでも、花音に対しての態度は普通ではなかった。
ダニエルは女性が苦手である。身内以外の女性とは最低限の会話しかしない。
それなのにもかかわらず、ダニエルは花音と視線を合わせたのだ。それがフェリクスを焦らせたのだろう。
「ダニエルに何かするつもりなら燃やしてやる」
「生徒会室で火事を起こすとまた怒られるぞ」
「はっ、親父なんて怖くねえな。正当防衛ってことにすればいいだろ」
「フェリクス。大丈夫だから。俺はお前の隣にいるだろ。公爵を怒らせるような行動は控えるべきだ」
「……そりゃあ、わかってるけどなぁ。ダニエル、手を離すなよ」
「言われなくても。戦闘をするようなことがなければこのままでいい」
「はは、そりゃそうだ。そうなら真っ先に燃やし尽くしてやる」
フェリクスは本気で言っているのだろう。
それに対して花音は冷めた視線を向けていた。その視線の中には嫌悪感や怒りにも似ている感情が含められていた。
「あ? なんだ。言いたいこともでもあんのかよ」
その視線に気づいたのだろう。
フェリクスは威嚇をするような言葉を言い放った。
「必要以上に威圧をするな」
「庇うつもりかよ」
「違う。だが、言いたいことを黙らせたのは俺たちだろう」
ダニエルはフェリクスに言われた通り、視線を花音に戻すことはなかった。
それでも、花音はダニエルを見続けていた。
「……ごめんね」
花音は自身の手を握りしめる。
不安な時には爪が刺さるほどに強く握りしめてしまうのは、ダニエルと同じ癖だった。それは転生をした今でも引き継がれている姉弟共通の癖なのだということに花音は気づいていた。
「ダニエルの言葉は、お姉ちゃんに届いていたよ。ゆーちゃんはもう帰ってこないんだって、お姉ちゃんも、ちゃんとわかっているから。それでも、大好きな弟なのには変わらないの。それだけは、これから先も変わらないから」
だからこそ、花音は震えてしまう自分自身を叱咤する。
脅迫のような言葉には負けてはいけないと勇気を振り絞る。
「お姉ちゃんは、燃やされても、凍らされても、酷いことをされても、いいよ。そんなのクラリッサの声に応えた時に覚悟したことだから」
覚悟なんて出来ていないだろう。
平和な国で生きてきた花音には想像することも出来ていないだろう。
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