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03-1.彼らが悪役と呼ばれるのには理由がある
* * *
教授たちの魔法により生徒会室は元通りになった。
午後五時頃から再開をされることが決定した星影祭の準備は終わっている。残りの時間は自由に過ごすように言い渡されたのだが、ダニエルは呼び出された教室に入っていく。
共に行動をしているフェリクスには先に寮に戻ってもらっている。いつもならば傍にいる彼がいないだけで心細さを感じてしまうのは、なぜだろうか。
「父上。このような場所に呼び出すとは何事ですか?」
教室の扉を閉める。
そして、教室に置かれたままになっている未使用の机に腰を掛けている男性、ベッセル公爵である父親、チャーリー・ベッセルに問いかける。穏やかな印象を与えるチャーリーには不似合いな場所だった。呼び出すのならば使われていない教室ではなく、会議室や談話室でも良かっただろう。
「鼠が入り込んでは困る。対処をしてくれ」
「【遮れ】。鼠捕りは必要ですか?」
「生かして捕らえてくれ」
「【警戒せよ】」
「助かるよ、ダニエル。持つべきは優秀な息子だな」
チャーリーの言葉に対し、ダニエルは僅かに頭を下げる。
それから杖を服の中に片付ける。念入りに魔法を確認した後、視線をチャーリーに向けた。父親である彼に必要以上に近づかないのは、万が一、魔法を破られた時に素早く対処をする為だ。
ダニエルが発動させた魔法により教室での会話を盗み聞きする者はいなくなった。万が一、会話を盗み聞きしようとしたのならばその場で意識を奪うことができる魔法も発動させてある。それらを回避するような人物が現れた場合に備え、ダニエルは扉付近に立ったままだった。
「アーデルハイトの様子はどうだ?」
「特別な変化は見られていません。入学当初は孤立気味でしたが、周囲が放ってはおかなかったのでしょう。それなりに友好関係を築いているようです」
「そうか。それは良かった。手入れはしたか?」
「最低限の手入れは施しました。それ以上は妹の成長を妨害すると判断をしましたので、様子見を続けています」
ダニエルの言葉に対し、チャーリーは満足そうに頷いた。
ベッセル公爵家と敵対関係にある家の人間がアーデルハイトに近づこうとしているのは、何度か目にしたことがあった。その都度、ダニエルが裏で処理をした。第一王子の婚約者であるアーデルハイトに近づこう等と二度と思えないように脅迫をすることは当然のことながら、それでも、状況を理解しない者は自主退学をするように促した。
それらはチャーリーの指示によるものだった。
元々は中立派として名を馳せたベッセル公爵家には裏の顔がある。それは一部の人間にしか知られていない家業だった。
第一王子派とも第二王子派とも繋がりを持っているベッセル公爵家は、代々第二騎士団の団長を務めている家柄である。その活動範囲は狭く、他の公爵家のように宰相等の役職に就くことはない。王国を裏で支え続ける巨大な情報社会を牛耳り、時には裏切り者を裏で始末することもある。
「お前は成長をする可能性に賭けているのだったな」
チャーリーは歴代当主の中でも温厚な性格をしている。
そうでなければ、アーデルハイトはユリウスの婚約者になることもなかっただろう。貴族社会の中では家族を大切にしている方だ。
「ダニエルが卒業をする頃には引退をしようと思っている。社会見学の旅に出ているレオンハルトも近日中には戻ってくることが決まっている。先代として相談役になっても良い頃かと思っているのだよ」
「父上はまだ現役でしょう。引退には早すぎるのではないですか?」
「はっはっは、お世辞を言ってくれるな。これはもう決まったことだ」
ダニエルは苦い顔をする。
当主を引退するとはいえ、公爵家から離れるわけではない。状況に応じて、先代公爵として振る舞うこともあるだろう。最盛期に比べれば劣ったとはいえ、まだまだ戦場でも活躍をできる力を秘めている。
なによりも、長兄であるレオンハルトが公爵位を継ぐことになる。
それは致し方がないことである。ダニエルも公爵位を継ぎたいとは思ったことはない。しかし、温厚な父とは異なり、過激な思考を持つレオンハルトが公爵家の権限を握ることになれば状況は大きく変わることだろう。
「アーデルハイトの結婚までは待つべきです」
「あれが入学をするまではそう思っていたが、状況が変わっただろう」
「状況は変化しつつあります。しかし、まだ見放すのには早すぎと思います」
「それはお前の判断だろう? ダニエル。お前はあの娘に気を許しすぎだ」
「わかっています。しかし、家族なのです。妹なのです。だからこそ、幸せになってほしいと願うことは当然のことでしょう」
ダニエルの考えは貴族社会では普通ではなかった。
政略結婚が当たり前の社会では、状況に応じて、婚約者が変わることは珍しいことではない。第二王子派や過激派との繋がりを重要視している傾向があるレオンハルトが当主になれば、アーデルハイトとユリウスの婚約はなかったことにされる可能性もある。
だからこそ、ダニエルは賛成をできなかった。
大切な妹には愛する人と幸せになってほしいと思ってしまう。
「政略結婚ならば、せめて、アーデルハイトが想いを寄せる人であるべきです」
それは一方的な想いである可能性もある。
それでも、好きでもない人に嫁がされるよりは良いだろう。
「ダニエル」
チャーリーは呆れたような表情を浮かべていた。
目が笑っていないのはいつものことである。冷たい表情を向けられることにも慣れている。それでも、緊張をしてしまう。
「ブライトクロイツ公爵家の息子とは親しい間柄だそうではないか」
「……それがなにか問題でもありますか」
「いや、問題どころか喜ばしい話だ。あの堅物からもダニエルを息子の婚約者に欲しいと言われているところだ。子を孕むのも魔法を使えば問題はないだろう。同性婚も認められている現状では何も問題はない」
ダニエルとフェリクスの関係は知られている。
それを曖昧にし続けていたのはチャーリーである。それなのにもかかわらず、喜ばしいことだと語られることは素直には喜べない。裏があるのは目に見えていた。
「よくやった」
「……いえ、褒められることではありませんよ、父上」
「そうだな。素直に受け止めるようならば価値が下がったところだ」
チャーリーは笑った。
すぐに表情が変わるものの、心の中では何を考えているのか読めない。
「レオンハルトはお前たちの関係を否定するだろう」
「そうでしょうね。兄上は彼のことを嫌っていますから」
「わかっていたのか。それならば、なぜ、距離を取らなかった?」
「俺は彼のことを心の底から愛しています。愛し合う者同士、離れることなど考えるだけでも吐き気がします。こればかりは理解の得られないことだとわかっていますよ」
ダニエルの言葉には偽りはなかった。
それがチャーリーの求めている答えではないことはわかっていた。しかし、フェリクスとの関係性だけは切り捨てることはできない。
「そうか。それならば、アーデルハイトか恋人か。どちらかを選べ」
……どちらかを選ばなければいけなくなるのは、わかっていたことだ。
乙女ゲームではダニエルは妹を優先したからこそ、破滅を迎えたのだろう。
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