49 / 69

03-2.彼らが悪役と呼ばれるのには理由がある

 ……どちらも大切だ。それは変わらない。  この状況ではそのような甘い考えを口にすることも出来ない。アーデルハイトはベッセル公爵家が代々担ってきた家業のことを知らない。例え、国王が裏切り者だと判断した者がしようとしていたことがギルベルト王国の未来を変えるような革命だとしても、ベッセル公爵家は国王の意思を最重要として扱う。  その為ならばその身が血で汚れようとも構わない。  公爵家を継ぐことになるレオンハルトは当然のことながら、次男であるダニエルもそれ相応の教育を受けてきた。  だからこそ、甘い考えを残すのは危険だということも理解をしていた。  自分自身の幸せか、家族の幸せか。どちらを選ぶことができるのは幸運だ。  どちらも不要なことであると取り上げられる可能性もある。今まで見逃されていたのはチャーリーが家族を大切に思っているからこそである。  ……逃げられないのも覚悟をしていたことだ。  ダニエルは目を閉じた。  脳裏を過るのは可愛い妹の姿ばかりだ。目にいれても痛くはないと言わんばかりに可愛がってきた。生意気なことを口にすることもあるが、アーデルハイトの我儘を受け入れてきた。  ……ごめんな。  心の中では謝罪をする。今後、恨まれることもあるだろう。  それでも、ダニエルには迷っている時間は与えられていなかった。 「恋人を選びます。彼を失う選択肢はありえません」 「そうか。それは良い決断だ」 「父上、どうか兄上にもお伝えください。ダニエルは恋人の為ならばどのようなことも出来ると。それだけの利用価値は残されているとお伝えください」  震えそうになる身体を抑えつける。  ダニエルの必死な言葉はチャーリーには届いたのだろう。彼はわかっていると言いたげな笑みを浮かべた。 「レオンハルトには二人の婚約を進めるように伝えておこう」  それは逃げ道が残されていないと宣告されたのも同然だった。 「聖女候補との接触は?」 「生徒会として最低限のものに抑えています」 「それならいい。適度な距離を保て」 「わかっています」 「そうか。まあ、私としてもダニエルを陥落させる魅力はないと思っているが、あの男を手駒にしているほどの魅力的ななにかを持っているのだろう」 「現時点でわかっていることはお伝えした通りです。引き続き、調査を進めます」 「いや、充分だ。手を引け」  チャーリーの言葉に頷く。  ベッセル公爵家として連れてきた使用人の多くは屋敷に戻した。しかし、同時に信用できる部下を何人か学院に入り込ませていた。それはフェリクスにも話していないことだった。 「覚醒をしている彼女には王国の為に力を使ってもらわなくてはいけないが、陛下は方針そのものをお気に召していなくてな。困ったものだよ。聖教会を相手にするのは老体には堪えるというのに」  チャーリーの言葉には反応をしない。  視線を廊下に向けた。発動させていた警戒用の魔法に引っかかった者がいる。 「良い方法はないかね?」 「鼠に吐かせましょうか」 「鼠の処理は猫に任せておけ。子鼠が知っているようなことでもないだろう」 「それもそうですね。狩りは任せることにします」 「それがいい。お前が出るようなことはないだろう」  ダニエルは杖に触れる。  それだけで近くに潜んでいる部下には指示が飛ぶようになっている。 「アレは本物か?」 「少なくとも魔力は秘めているようでした。言葉通りならば、俺と聖女候補には加護が与えられているはずです。大爆発も魔力暴発と処理してしまうこともできるでしょう。なによりも黒髪ではなく白髪に変わったところをこの目で見ています」 「そうか。傷は負っていないな?」 「問題はありません」 「それならばいい。息子を傷つけられたのならば文句の一つでも言ってやるところだが、何もないのならば問題は起きていないのも同じことだ」  チャーリーの言葉は本心ではないだろう。  家族を大切にしているとはいえ、それは利用価値があるからこその話だ。  ダニエルは膨大な魔力を誇っている。それだけでベッセル公爵家の役に立つことができる。だからこそ、ある程度の融通を利いてもらえるのだ。 「鑑定士を呼ぶまでの間は目立った行動は控えろ」 「わかりました。……父上、外まで送っていきましょうか」 「近くまでで構わない。ダニエルはそのまま寮に戻れ」 「はい。そうさせていただきます」  魔法を解除する。そして、何もなかったような顔をして教室を出ていくチャーリーの後ろを歩いていく。 * * *  ……生きた心地がしなかった。  寮に戻った途端、思い出したかのように寒気がした。部屋にいたフェリクスの驚いた表情に反応をすることもせず、彼の体温と匂いを堪能するかのように抱き着く。鍛えられている胸板に頬ずりをする。 「公爵との対談の後はいつもそうなるな」 「……父上の相手は疲れるだけだ」 「そうかよ。また一人で抱えてねえか?」 「大丈夫だ。なにも問題はねえよ」  フェリクスの腕が背中に回される。  そのまま、フェリクスに抱きしめられるような姿勢のまま、ダニエルは深呼吸をした。彼の傍にいなければダニエルはまともに生きてはいけないような気さえしてしまうのは、チャーリーとの会話のせいだろう。  ……わかっている。俺を言い聞かせる為の人質のようなものだ。  どちらかを選ばせたのはダニエルを言い聞かせる為だ。  逆らうのならば選ぶことができなかったアーデルハイトに危機が及ぶことだろう。それでも、反抗をするのならばフェリクスにも手を出すだろう。  そうなりたくなければ従順に振る舞わなければならない。 「ダニエル」 「なんだよ」 「無理はするなよ」 「はは、心配するなよ。問題ねえって」 「強がるな。震えているじゃねえか」  フェリクスの声に応えるようにダニエルは顔を上げた。  それからフェリクスの唇と自分自身の唇を軽く触れるだけのキスをした。 「俺はフェリクスを選んだんだ。だから、なにも後悔をしてねえよ」  どのような取引をしてきたのか。フェリクスが問いかけることはない。  いずれはブライトクロイツ公爵家を継ぐことになるフェリクスは、ベッセル公爵家の家業を聞かされていることだろう。  そして、それは簡単に触れていいことではないことも知っている。  だからこそ、フェリクスはダニエルに対して過保護になるのだろう。目を離してしまうと何処かに行ってしまうような危機感を覚えてしまうのだろう。

ともだちにシェアしよう!