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04-1.恋の病は治らない

* * *  星影祭のダンスパーティーは三日間行われる。  それは聖女候補であるクラリッサの暴走により中止となった一日目の催し物を補うかのような賑やかなものとなった。互いに服を贈り合っていたダニエルたちも参加をしているのも影響があるのだろうが、婚約者のいない生徒たちの視線はダニエルたちに向けられていた。  首元が苦しいのか、ダニエルは少しだけ襟元を緩める。フェリクスは何気ない仕草に対しても騒がしくなる周囲の視線を牽制するかのようにダニエルの腕を掴んだ。 「どうした?」 「なんでもねえよ。行くぞ」 「おう。……フェリクス、引っ張るな。腕を組めばいいだろ」 「いいのかよ?」 「問題ない」  掴んでいた手が離される。  その隙にダニエルはフェリクスの腕に自身の腕を絡める。擦り寄るような仕草を見せるダニエルに対し、フェリクスは優しく髪に触れる。それから一房掴み、唇を寄せた。 「誰にも見せたくねえなぁ」 「それには同意だな」 「へえ? 珍しいじゃねえか」 「お前のその顔を見せたくないんだよ」 「は? ……俺、そんなに酷い顔をしてたか?」 「あぁ、酷くだらしない顔だな」  ダニエルは悪戯を仕掛ける子どものように笑みを零した。  彼らの眼中には会場に集まりつつある生徒たちは映っていないのだろう。  出入り口から離れた壁際でじゃれ合う彼らは幸せそうだった。  それは学院では度々見られている光景の一つであるが、初めて目にした者たちの顔色は様々だった。頬を赤くして見惚れている者もいれば、顔を青くしている者もいる。  想いを寄せていたのだろうか、涙を堪えているような者までいた。 「そんな幸せそうな顔は俺以外には見せるなよ」  緩み切った表情を浮かべているのはお互い様だった。 「ダニエ――」 「お兄様ああっ!! 聞いてくださいませ!!」  フェリクスがダニエルを抱きしめようとした時だった。  ユリウスの髪色に合わせたのだろう、銀色に煌めくドレスを靡かせながらアーデルハイトが駆け寄ってきた。露骨に嫌そうな表情を浮かべているフェリクスには見向きもせず、アーデルハイトはダニエルに泣きついた。  今日の為に新調したのだろうドレスは胸元が主張されている。髪型もいつも以上に華やかに飾り付けられていた。それらは全てアーデルハイトが用意をしたのだろう。 「婚約者のわたくしではなく、殿下は平民の女を優先するとおっしゃるのですわ! わたくしがおりながらも最低限のエスコートをしたのだから、もう、いいだろうなんておっしゃられましたのよ!」  アーデルハイトの声は震えていた。  悔しくて仕方がないのだと訴えるかのような声は賑やかな会場だからこそ、許されるものである。婚約者に見向きもされなかったのだと邪推をされるような発言は控えるべきなのだが、アーデルハイトも冷静ではいられなかったのだろう。 「わたくし、悔しいですわ」  涙を拭う。  少しだけダニエルから距離をとると、ダニエルの左手を握る。 「お兄様からも説得をしてくださいませ。あの方の隣はわたくしの居場所ですのに、平民が居座ろうなんて話にもなりませんわ。お兄様、お兄様もそうお思いになられるでしょう?」  アーデルハイトの主張を理解することはできる。  今までならばダニエルはアーデルハイトの我儘を叶える為、ユリウスに直談判をしたことだろう。  ……父上の視線が向けられていることに気付いていないだろうか。  ベッセル領には戻らなかったのだろう。  珍しく学院の催しに参加をしているチャーリーの視線に気づき、ダニエルは静かにアーデルハイトの手を離させた。  ……監視のようなものだ。  驚いたような表情を浮かべているアーデルハイトへの情が無くなったわけではない。可愛い妹には幸せになってほしいと思っている気持ちは変わらない。 「お兄様?」 「なんだ」 「もしかして、体調が優れないのではないでしょうか?」 「いや、そんなことはねえよ」 「それでしたら、どうして、わたくしの手を解くのですか?」  アーデルハイトの疑問はもっともだった。  庇ってもらえると思っていたのだろう。ダニエルならばアーデルハイトの味方をしてくれるはずだと信じて疑わなかったのだろう。その期待に応えられないのはダニエルも心が痛かった。 「アーデルハイト。好かれる努力をしろ」  今後は協力をすることも難しくなるだろう。  学院内にはベッセル公爵家の関係者がいる。ダニエルが学院で働いている使用人として潜り込ませた者以外にも、ダニエルとアーデルハイトの行動を監視することを目的に潜り込まされている者がいるのは知っていた。  ……アーデルハイトが驚くのも当然だ。  ダニエルはアーデルハイトの我儘を叶えてきた。  公爵家の子女として、どのような振る舞いをしても怒られることはないのだと彼女が思い込んでしまっているのはダニエルの接し方にも問題があったのだろう。それでも、ベッセル公爵家の裏の顔を知らない幼い妹のことが可愛くて仕方がなかった。  アーデルハイトには純粋なままでいてほしいと願ってしまった。  それは、父親であるチャーリーに言われるままに手を血で染めた自身の幼少期の思い出と同じような苦痛をアーデルハイトに味合わせたくはないというダニエルの我儘によるものだ。自己満足であることは自覚をしていた。  ……それでも、俺は兄上のようにはなれない。  レオンハルトは悪戯を好む。しかし、公私混同はしない男性である。  公爵家には必要がないと判断を下した人間に対し、抱く情はない。国王陛下の意思に沿わないと判断をすれば家族でも切り捨てることができるだろう。  王国の為ならばどこまでも冷酷になれる兄のようにはなれない。  チャーリーほどではないとはいえ、それなりに家族を大切にしているかのような表の顔しかアーデルハイトは知らない。心の中では利用価値を見極めて接していることなど、純粋な妹には知ってほしくはなかった。 「わたくしは殿下に好かれておりますわ。努力を怠ったことなどございません」  アーデルハイトは不服そうな表情を浮かべた。  一般的とされている貴族男性が好みそうな髪型や髪飾り、最先端の流行を取り入れたドレス、主張された胸には自信が溢れていた。 「好かれてるなら平民に横恋慕されねえだろ」 「フェリクス。余計なことを言うな」 「いや、だってなぁ? ダニエルは優しいから言ってやれねえだろ? 代わりに教えてやろうかと思って」  フェリクスの言葉に対し、アーデルハイトは敵意を込めた視線を向けた。  一瞬、交わった視線は互いに敵意を向けているものだった。恐らく、ダニエルとの時間を邪魔されたことへの意趣返しのつもりなのだろう。

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