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04-2.恋の病は治らない
「彼奴は考えが足らねえところはあるが、本気で他人を利用できるような奴じゃねえよ。言葉では繕えても行動がついていかねえから、いつまで経っても王太子には選ばれねえことを知らねえはずがねえよなぁ?」
フェリクスの言葉には棘がある。
ブライトクロイツ公爵と王妃陛下は血の繋がった兄妹ではあるものの、仲は良いとは言えない。
王妃の息子であるユリウスの立場が揺らぐようなことが起きれば、速やかに手のひらを反すのは目に見えていた。だからこそ、王妃の身内でありながらも第一王子派の代表として扱われることはなかった。
フェリクスは幼少期から仲の悪い二人の姿を見てきた。
表向きでは従兄弟として仲良くするようにと言い聞かせられているものの、ユリウスに対し、冷めた視線を向けることが多いのは幼少期から見続けた親同士の関係性が影響をしているのかもしれない。
「公爵家の後ろ盾はなによりも優先するべきことだ。それを蔑ろにしてまでも、あの女と一緒に行動をしたいって言われたんだろ?」
「フェリクス!」
「ダニエルの代わりに教えてやるよ。好かれてねえから他の女に横取りをされるんだ。好かれる努力もしねえなら我儘を言う口を閉じろよ。お前の我儘なんかに付き合ってやる時間がもったいねえんだよ」
ダニエルの制止を振り切り、フェリクスは言い切った。
屈辱だと言わんばかりの表情をしているアーデルハイトに対し、ダニエルは慰める言葉をかけようとするが、フェリクスに邪魔をされた。
「……お兄様」
アーデルハイトはフェリクスの言葉に反応をしなかった。
誰からも指摘をされずに育ってきたアーデルハイトにとって、遠慮なく言い切るフェリクスの言葉は鋭く心を抉るようなものだったのだろう。無意識のうちに聞かなかったことにしてしまったのかもしれない。
「お兄様はわたくしの味方にはなってくださいませんの?」
その言葉はダニエルを責めているように聞こえた。
……俺だって可愛い妹の我儘に応えてやりたいさ。
父親であるチャーリーがこの場にいなければ、悲し気な声色で問いかけるアーデルハイトの言葉を肯定したことだろう。可愛い妹の頼みを無下にはしなかっただろう。
……それでも、アーデルハイトを破滅から守る為にはこうするしかなかった。
しかし、現実は違う。
チャーリーはユリウスの心を射止めることができなかったアーデルハイトが危機に陥ったとしても切り捨てるだろう。
……なによりも可愛い妹を死なせない。
ベッセル公爵家として求められている振る舞いができない子どもは必要ない。期待外れだと言い捨てる姿を想像することができる。
……その為ならば、恨まれても構わない。
理事の一人として滞在をしているチャーリーだけではなく、ベッセル公爵家の使用人や父に与えられたダニエルの部下の目がある。少しでも不審な行動をとれば報告をされてしまうことだろう。
そうすれば、ダニエルは誰も守ることができない。
家に逆らうことができない自身の無力さを知っているからこそ、ダニエルはフェリクスを選んだのだ。
「あの方の傍にいたいのならば、俺以外にも味方を作れ。いつまでも守ってやるわけにはいかないのは知っているだろう?」
「いつもお元気そうな方は苦手なのですわ」
「ルーカスの妹がいただろう」
「同い年でなくては話にはなりませんわ。あの方、殿下に好意を抱いておられるでしょう? わたくしはそのような方とは、いまひとつ、そりがありませんの」
アーデルハイトの言葉に対し、ダニエルはため息を零す。
……状況を理解していないのだろう。
第一王子の婚約者に選ばれたとはいえ、アーデルハイトはベッセル公爵家の家業も知らされていない。実力は貴族の令嬢としては劣っているくらいだ。それでも、公爵令嬢というだけで周囲から褒められることが多いだろう。
……いや、第二王子派と諍いを起こしていないだけ良いと考えるべきか。
アーデルハイトと同級生の公爵家の出身者は存在している。しかし、第二王子派の筆頭であるアンダーバートル公爵家の三女だ。万が一、彼女と親しくなっていた場合、アーデルハイトは利用をされていたことだろう。
「ダニエル。行こうぜ」
「……妹を一人にしておくわけにはいかないだろう」
「放っておけよ」
フェリクスはダニエルの腰に手を回す。
それからアーデルハイトを威圧するかのように睨みつけていた。
「わたくしは一人でも構いませんわ」
アーデルハイトはフェリクスに対し、一度だけ視線を向けたが、すぐにダニエルに視線を戻す。そして、威圧には屈しないと訴えるかのような言葉を口にした。
「味方をしてくださらないのならば、もう、頼りませんわ」
「俺は――」
「合理的なことに徹していらっしゃるお兄様には、わたくしのことを考える余裕などないのでしょう? それならば、そうおっしゃってくださればよろしいのに」
ダニエルはなにも言い返せなかった。
それは味方をしないと決めたダニエルへの嫌味にも聞こえる。
しかし、アーデルハイトの表情はいつもと変わらない。彼女が悲しそうな顔をするのは演技であることをダニエルは知っていた。知っていながらも、その我儘に応えてきた。
……わかってる。
アーデルハイトは背を向けて歩き出した。
反射的に伸ばそうとしてしまう腕をフェリクスに阻止される。腰に回されている腕は離れることを許さないと言わんばかりに力が込められている。
……ごめんな、アーデルハイト。
心の中でしか謝ることはできない。
* * *
悪い予感は的中する。
ユリウスはクラリッサと共に居ることを選んだのだろう。
ユリウスの髪色に合わせた銀色のドレスを身に着けたクラリッサは嬉しそうな表情を浮かべていた。クラリッサはユリウスに簡単に挨拶を交わしてから、落ち着かない様子を見せていた花音の手を取り、音楽に合わせてダンスを踊る。
不慣れな二人のダンスは見られるものではない。
しかし、不思議と周囲は彼女たちのダンスに目が奪われていた。
「聖女様だ」
「美しい」
「彼女は本物なのでは?」
クラリッサと花音のダンスを見守っている人々からそんな声が聞こえ始めたのは、仕方がないことだったのだろう。
黒髪は不吉の象徴である。
それだけで召喚されたばかりの花音は不吉だと疎まれた。
生徒会室で引き起こされた大爆発の真相を知らない生徒たちは聖女の奇跡により、本来の姿に戻ることができた等と都合の良い作り話を信じることだろう。
聖教会は花音のことを異端ではなく、本物の異世界の聖女と認定する可能性が高まっていることは周囲の反応を見ればわかることだった。
……くだらない。
ダニエルはその光景を美しいとは思わなかった。
心の底から楽しそうな笑顔を見せているクラリッサとは対照的に花音の表情は暗い。振り回されているようにも見えてしまうのはなぜだろうか。
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