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04-3.恋の病は治らない

「離れるなよ」 「ん? 心配するなって。離れるつもりはねえよ」 「心配をしたわけじゃない。勘違いするな」 「へいへい。わかってるって」  フェリクスはダニエルの頬に軽く口付けをする。  大勢の生徒の注目はクラリッサと花音に集められている。その為、彼らが腕を絡め、至近距離で会話をしても気にする者はいなかった。  ……腹立つほどに顔が良い。  病んだ発言させなければ誰もが好感を抱くことだろう。  それが惚れた欲目であることは自覚をしていたものの、ダニエルはフェリクスの顔を見つめるといつも同じような感情を抱く。同性愛に対する偏見が少ない国であるとはいえ、これほどに整った顔立ちをしているフェリクスを独占していることを良く思っていない人もいるだろう。  ……フェリクスを見ている奴は後から処理をしないと。  ダニエルがなにを考えるのか、フェリクスは気づいていることだろう。無表情のことが多いダニエルだが、フェリクスといる時だけは表情がよく変わる。 「ダニエル、あんまり見つめてくれるなよ。キスしたくなるだろ」 「は?」 「おいおい、そんな目で見るなって。俺が悪いみたいじゃねえかよ」 「この状況で変なことを言うからだろ」 「むしろ、この状況だからなんだけどなぁ」  ダニエルは理解ができないと言いたげな表情を浮かべた。  腕を絡める力を強くする。それから寄り掛かるように身体を密着させている。無意識にしているのであろう行為は周囲に対する主張の一つなのだろう。  それすらもフェリクスには可愛くて仕方がなかった。 「なにかおかしいか」 「いや? 可愛いだけだな」 「……お前の頭がおかしいのか」 「おかしくねえって。あんなに人前でいちゃつくのを嫌がっていた恋人が可愛い行動をしてくれてるんだぜ? 嬉しくて仕方がねえんだよ」  指摘をされて、自分自身の行動に気付いたのだろう。  ダニエルは慌てて距離を取ろうとフェリクスの腕から手を離すが、素早く腰に腕を回される。それからさらに距離を縮められた。 「照れてんの? 可愛い奴」 「照れてねえし! 可愛くもねえよ!」 「はは、そうか、そうかぁ」 「子ども扱いするんじゃねえ!」 「誕生日が早いだけだろ? 同い年の癖に子どもっぽいよなぁ」 「はあ!? どこがだよ!!」 「そうやってすぐに怒るとことか?」 「フェリクスがからかうからだろ!!」  ダニエルは腰に回された腕を振り切ろうとするが上手くいかない。  頬を膨らめ、不満だと主張をするダニエルの額にキスをする。それに対し、ダニエルはまた声を上げて怒るものの、フェリクスはそれすらも可愛くて仕方がないのだろう。  ダニエルが声を上げて怒るのは照れ隠しである。  それを知っているのはフェリクスだけだ。不愛想なダニエルが勘違いをされやすいこともわかっているからこそ、注目を集めている時はこうしてダニエルが声を上げるようなことをするのだ。  そうすることでフェリクスは、ダニエルへ向けられている好感度を下げている。それが愛故の行動だということは理解をされないだろう。 「拗ねるなよ」 「拗ねてねえ」 「ふうん?」 「なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」  ダニエルは抵抗を止めた。  そのまま、フェリクスを独占している方が良いと判断をしたのだろうか。 「不機嫌な顔も可愛いなあって」 「……あっそ。そんなことを言うのはフェリクスくらいだ」 「そりゃあそうだ。俺だけでいいんだよ」 「物好きだな」 「そうでもねえよ。ダニエルのことが好きなのは俺だけで充分だろ? 他の奴らに見せてやるのも嫌だしなぁ」  擦り寄ってくるフェリクスに対し、ダニエルは軽くフェリクスの頬にキスをする。わざとらしく屈んだフェリクスが求めていることを察したのだろう。 「俺だって我慢してんだよ。あまり煽ってくれるな」  ダニエルの言葉にフェリクスは我慢ができなかったのだろう。  腰に回していた腕を動かし、そのまま抱きしめる。 「殿下! わたくしと踊ってくださいませ」  アーデルハイトの声がした。  楽しそうに踊っているクラリッサと振り回されている花音を眺めていたユリウスに隙があるように見えたのだろうか。素早く駆け寄ったアーデルハイトはユリウスの手を掴み、直談判に出たようだ。  ……行動を起こしたのか。  アーデルハイトの声に反応を示したダニエルに対し、フェリクスはつまらなそうな表情を浮かべていた。そして、冷めきった目線はアーデルハイトに向けられていることをダニエルは気づいていないのだろう。 「妹ちゃん、ダニエルの言葉を聞いていなかったみたいだな?」 「……あぁ、そのようだな」 「落ち込むなよ。大人しく話を聞くような子ならユリウスも素っ気なく対応しねえだろ?」 「わかっている。だが、妹の性格を諫めなかった俺にも非はあるだろう」 「いやいや、性格なんてものは言われただけじゃあ直られねえって」  フェリクスの言葉に対して言い返せなかった。  いつものように口喧嘩をする気力もない。それに気づいたのだろうか。フェリクスはダニエルの髪を撫ぜた。 「下手な慰めはいらねえ」 「そうか?」 「わかってんだよ。頭の中では諦めていることだ」 「ダニエルの優しすぎるところは弱みでもあるのも?」 「自覚してる」 「それならいいんだけどさぁ。あまり妹ちゃんばかりを優先してくれるなよ、妬けるだろ」 「はは、その心配はもう必要ねえよ。……なにがあってもフェリクスを優先するって決めてるんだから」  ダニエルはフェリクスにくっつく。  視線はアーデルハイトとユリウスに向けられている。困惑したような表情を浮かべているユリウスに対し、アーデルハイトは引くつもりはないのだろう。 「殿下。婚約者ならば婚約者の責務を果たすべきですわ。本来ならば、わたくしからではなく、殿下から誘うことが望まれておりますのよ? それとも、おっとりしていらっしゃる殿下には難しいことでしたかしら」 「それは僕の気が利かないということかい?」 「あら、わたくしはおっとりしていらっしゃると申し上げただけですわよ」 「だから――。いや、いいよ、アーデルハイト。君が僕に対して言いたいことがあるのはわかっていたことだからね」  ユリウスは諦めたように笑った。  それからアーデルハイトの腕を引っ張り、中央に躍り出る。

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