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04-4.恋の病は治らない

「一曲だけ踊ろうか」  ユリウスの機嫌が悪い。アーデルハイトもそのことに気付いたのだろう。  困惑した表情を浮かべているアーデルハイトの腕を強引に掴み、既に中盤に差し掛かっている音楽に合わせて踊り始めた。 「……ダニエル」 「なんだ」 「絡まれる前に離れるぞ」 「あぁ、そうだな。それがいい」  ダニエルはアーデルハイトから目を反らす。  ……殿下の心はアーデルハイトにはない。  そのことをアーデルハイトが自覚をする日は来るのだろうか。  わざとテンポを狂わせるような踊り方をするユリウスに振り回されているだけのアーデルハイトに対する視線は冷たいものだった。その中にはベッセル公爵家の手の者も含まれているだろう。  フェリクスと共にダニエルは離れる。  この後、騒動に巻き込まれるのは避けたかった。 * * *  会場の外に出る。  澄んだ空気が心地よい。外にまで聞こえている音楽はダニエルとフェリクスの足音をかき消してしまうことだろう。  注目が集まらないように二人は窓の少ない場所へと移動をする。  寮に戻らないのは生徒会役員としてこの場を離れるわけにはいかないからだろう。外にいる理由を問われた時には警備をしていただけだと言い訳ができる範囲に留まる。 「ダニエル」  繋いでいた手が離される。  そして、ダニエルの柔らかい頬に当てられる。 「愛しているよ」 「俺も。俺も愛している」  互いの愛を確かめ合うかのように唇が重なった。  どちらからというわけではなく、自然と重なり合う。  触れるだけの口づけを何度か繰り返し、次第に激しさを増していく。貪り合うかのように舌を絡め合い、息が乱れることを気にする余裕もない。ダニエルの腕は自然とフェリクスの背中に回され、フェリクスはダニエルを支えるように腰に腕を回す。  それは無意識にしていることなのだろう。  貪り合った水音は会場から漏れ出した音楽にかき消され、二人だけの世界を邪魔する者はいない。不躾な視線に晒されることもなければ、雰囲気を壊すような声もない。それは彼らにとって最善の環境だった。 「ダニエル」  唇が離される。  それから欲望に満ちた顔をしているフェリクスに名を呼ばれ、ダニエルの頬が熱くなる。欲情した表情は寝室でのやり取りを思い出させる。ダニエルは頭の中を過った昨夜の光景を追い出すかのように目を反らした。 「……やべえな」  フェリクスはなにを思ったのだろうか。  身長差があるとはいえ、それなりに鍛えているダニエルの身体を簡単に横抱きにしてしまう。所謂、お姫様抱っこと呼ばれている態勢にされたダニエルは何度か瞬きをする。ようやく酸素が回り始めた頭では状況の理解が追い付かないのだろう。  ダニエルの様子を確認したフェリクスは無言で移動をする。  下手なことを口にして目的がダニエルに伝わることを防ぐ為だろう。 「フェリクス……?」  きょとんとした表情を浮かべているダニエルの問いかけに応えない。  歩みを止めたのは会場の裏手だった。相変わらず、軽快な音楽は聞こえており、中にいる人々の声も漏れている。しかし、窓や扉のない裏側まで人が来る可能性は先ほどいた場所よりは低いだろう。  月明りだけが頼りとなるような場所に下ろされた。  壁に背を向ける形で立つことになったダニエルはようやく状況を理解する。同時に逃げられるような状況ではないことを理解してしまい、反射的に後ずさるが背中に壁が当たってしまう。 「おい、ふざけんなよ、外でなんか嫌だからな!!」 「仕方ねえだろ。俺のダニエルを他人に見られるのは許せねえし」 「当たり前だろ!? わかってんなら場所を移動しても意味ねえよ!」 「いやいや、考えてみろよ。大声を出さなきゃばれねえって」 「そういう問題じゃねえんだよ! このバカ! 万年発情期! 屑野郎!」  ダニエルの煽り声は聞こえていないのだろうか。  フェリクスはダニエルを覆い隠すかのように壁に片手を付き、ダニエルの右耳を舐めた。 「ひぁっ」  反射的に高い声があがる。  ダニエルの頬は赤くなり、頭を動かして与えられる快感が逃げようとするのだが、フェリクスは遠慮なく舐めたり甘噛みをしたりする。 「それっ! やっ、やめ……っ」  普段ならば思いっきり平手打ちをしてでも止めさせていただろう。  それをしないのはダニエルも口では嫌がっていながらも、興奮をしてしまっているのだと気づいているフェリクスは遠慮なく攻め続ける。  一度もしたことがなかった外での行為に対し、羞恥心と僅かな興奮が混ざり合っているのだろう。次第にだらしのない表情になっていく。それを横目で確認してからフェリクスは耳を責めるのを止めた。 「嫌なら仕方がねえよなぁ。この状態で会場に戻るって言うなら止めてやるよ」  それから意地悪そうな笑みを浮かべる。  舐めていない左耳に息を吹きかける。それだけで小さな声をあげているダニエルの目は潤んでいる。その顔はフェリクスを煽るだけだと自覚していないのだろう。  ……この状況で戻れるわけがないだろう!!  会場には友人たちだけではなく、妹や父親もいる。  明らかに何かをしようとしていた状況を見られるわけにはいかない。 「で? どうするんだよ? 決まったか?」 「……ねえ」 「は? 聞き取れるように言えよ」  フェリクスの表情は緩み切っている。  小さな声だったが、ダニエルの言葉を聞き逃していないのだろう。  それなのにもかかわらず、煽るように催促をする。そして興奮を抑えきれず、勃起してしまっている陰茎をダニエルの腹に当てる。布越しとはいえ、主張しているそれに気づいたのだろう。ダニエルの顔はさらに赤くなる。 「だから、も、戻らねえって言ったんだよ!! 恥ずかしいんだから言わせるんじゃねえよ!!」  これが寝室で起きていることならば、ダニエルは布団の中に潜ってしまったことだろう。 「でも、い、入れるのはなしだからな! ……そういうことは、部屋でしたいから。だから、その、それ以外のことにしろ。いいな。それ以上は妥協してやんねえからな」 「へいへい、わかってる。途中で呼ばれると辛いもんなぁ?」 「わかってるなら言わなくてもいいだろ!」 「照れるなよぉ。我慢できねえのはお互い様だろ?」  フェリクスは服の上から胸を揉む。  慣れた手つきで乳首を探し当て、爪で引っ掛けるように刺激をする。歯痒い刺激に対し、ダニエルは声を抑えながらフェリクスに擦り寄る。

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