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05-1.乙女ゲームのシナリオは暴走をする
最後の一曲の準備をしている時に素知らぬ顔をして戻ってきた二人に対し、生徒会役員として仕事をしていたのだろうルーカスはわざとらしくため息を零した。それから手招きをされた為、ダニエルたちはルーカスに近づく。
「よりにもよって、外に遊びに行っていたでしょう」
ルーカスは冷めた目をしていた。
「ダニエル君が自由に動き回るのは想定内ですが、副会長まで遊びに行ってしまうと影響が出ることくらい理解していたはずではないのですか? フェリクス君、貴方のことを言っているんですよ。目を反らさないでください」
「へいへい、会長が残ってたんだからいいだろ」
「そういう問題ではありません。今の殿下の話を聞く人がいると思いますか?」
「あ? 第一王子派の連中は何でも言うことを聞くだろ?」
フェリクスの言葉を聞き、ダニエルも同意をする。
声をかけずに会場を抜け出した二人に非があるが、今はそれを追及されている時間はない。ルーカスは視線を会場の中心部に向け、二人にもそれを見るように促した。
……アーデルハイトを放置したままか。
ユリウスはクラリッサと最後の一曲を踊るつもりなのだろう。
本来ならば婚約者であるアーデルハイトと踊るべき一曲だ。よりにもよって大人たちの目の前で平民出身の女性と踊ることを選ぶとは、正気とは思えなかった。
……第二王子派が動くのは目に見えている。
ベッセル公爵家を蔑ろにしていると思われても仕方がない。
ここぞとばかりにベッセル公爵家を第二王子派に取り込もうと動き始めることだろう。
「ダニエル。取り巻き連中の動きを制限できるか?」
「それは問題ない。奴らには俺の判断を待たずに動くような頭はねえよ」
「へえ、そりゃあ好都合だ」
フェリクスはダニエルの肩に腕を回す。
それから嫌な予感を察知したのか、距離を置こうとするルーカスの腕を乱暴に掴んで引っ張った。
「逃げんなよ。俺たちの仲だろ?」
「……冗談でしょう? 僕を巻き込まないでくださいよ」
「それこそ冗談だろ。事の発端はお前の提案だろ。今更、手に負えねえからって抜けるのは許さねえよ」
「ダニエル君まで……。あー、もう、わかりましたよ。二人とも。こうなったら僕たちだけで乗り切ってみせようじゃないですか!」
昼間の話を持ち出されてしまっては傍観者になるわけにはいかなかった。
ルーカスは腹を括ったように眼鏡に触れた。その途端、フェリクスはルーカスの腕を離し、不気味な笑顔を浮かべる。
「さすが、ルーカス。責任はお前が取れよ」
「安心しろ、ルーカス。暴れるのは俺に任せておけ。計画は練れよ」
フェリクスとダニエルの言葉を聞き、ルーカスの眉間に皺が寄る。
完全に巻き込まれたと悟ったのだろう。
「フェリクス君。これは殿下の正気を取り戻す為の最重要任務です。いいですか? 嫉妬で暴走して台無しにするようなことはしないでくださいね。僕を巻き込んだのですから、そのくらいの協力はしてもらいますよ」
ルーカスの言葉に対し、ダニエルは面倒そうな表情を浮かべた。自身の肩に腕を回しているフェリクスの表情が固まったことに気付き、なおかつ、本日の行事が終わった後のことを想像してしまう。
……明日、動けねえな。
それこそクラリッサに回復魔法をかけてもらわなくてはいけないような状況になりかねないだろう。そのようなことをするのならば、仮病を使って部屋に閉じ籠ろうとする明日の姿が目に浮かぶ。
「ダニエル君、最後の一曲が始まる前に自称異世界の聖女を口説いてきてください」
「バカじゃねえの」
「言いたいことはわかっています。ですが、今の状況を考えても、クラリッサと殿下を引き離すのにはそれしかないでしょう」
「ルーカスが口説けばいいだろ」
「僕では意味がありません」
ルーカスの目は本気だった。
それに対してダニエルは首を横に振るう。
……言いたいことはわかってる。
生徒会室が爆破された際、ダニエルは異世界の聖女の加護を与えられている。その効果は定かではないものの、黒髪から白髪に変わる等の変化を引き起こした威力の魔力を秘めている花音には特別な力が与えられていると考えるべきだろう。
……異世界の聖女を利用するべきだ。
そして、クラリッサは花音に対して強い執着心を抱いている。
……それなら、俺が接触するのが手っ取り早い。
クラリッサがダニエルに対して強引に関わろうとするのは、すべて、花音の願いを叶える為の行動だったのだろう。花音を見るクラリッサの目はフェリクスに似ていた。
「はぁ、目立った行動は控えろって言われてるんだが」
ダニエルは会場を見渡す。
そして、生徒の中に紛れていたレイブンの姿を探し出し、指で合図をする。
人込みに流された演出をしながら近づいてきたレイブンを捕まえる。
「伝えろ」
「かしこまりました」
それだけで用件は伝わるだろう。
背後に潜んでいた生徒の何名かが動いた。顔を認識していなかったが、ベッセル公爵家の関係者が動いたのだろう。
「……筒抜けかよ」
「はっ、良いじゃねえか。厄介事は最初からもみ消しとくのに限るだろ?」
「あれで伝わるのも普通じゃねえけどなぁ」
「フェリクス。顔が怖いぞ」
「あ? あぁ、悪い」
「別に謝ることじゃねえよ。女避けになるからな」
ダニエルはフェリクスの頬に手を伸ばす。
最後の曲が始まらないのは意図的なものだろう。異世界の聖女として召喚された花音のダンスパートナーが決まらない限り、最後の曲は始まらないように指示をしているユリウスの姿を横目で確認し、ダニエルは困ったように笑った。
「俺が愛してるのはお前だけだ、フェリクス」
「……知ってるけどよぉ」
「拗ねるなよ。可愛い顔をしやがって」
「はあ? 可愛いのはダニエルだろ」
「俺は可愛くねえよ。嫌がらせに行ってきてやるだけだ。良い子で待っててくれるなら、後から思いっきり構い倒してやるから。だからルーカスで遊んで待ってろ」
背伸びをして頬に口付けをする。
周囲の目を気にしていないかのようなダニエルの行動にフェリクスは瞬きをする。去年までは知られることを拒み続けていたダニエルの何気ない行動に慣れていないのだろう。
「友人の情事は見たくないので早く口説いてきてください。失敗しても構いませんから。ダニエル君から声をかけるという状況が必要なだけですからね」
目の前で繰り広げられる光景を見たくないと言わんばかりに顔を反らしているルーカスは死んだ魚のような眼をしていた。
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