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05-3.乙女ゲームのシナリオは暴走をする

* * *  星影祭の初日が終わり、生徒たちは会場から立ち去っていく。明日に備え寮に戻っていく生徒たちに視線を向けながらダニエルは退屈そうに欠伸をした。 「良いって言ってくれるまで帰さないから!!」  ダニエルたちも寮に戻る予定だった。  ダニエルに縋りつこうとしてクラリッサに引き留められている花音を無視するのも限界だろう。  ダニエルを抱き締めながら花音に対して露骨なまでに威嚇をしているフェリクスは聞く耳を持たず、仲介者として残ったとものの狼狽えているユリウスと死んだ魚のような眼をしているルーカスがいなければ得意の火属性の魔法を放っていたことだろう。 「一人だなんて嫌なの!! お姉ちゃんの我儘を聞きなさいよ!」 「わたくしのお兄様ですわ。無礼な方は苦手ですわ、さっさと消えてちょうだい」 「アーデルハイトちゃん、冷たい!!」 「気安く名を呼ばれたくはありませんわ。わたくし、平民が呼び出した貴女を認めてはおりませんのよ」 「素っ気ない!! でも、悪役令嬢なアーデルハイトちゃんが好き!!」 「触らないでくださいませ」  駄々を捏ねる花音の手を払い除けたのはアーデルハイトだった。  猫のように威嚇をするアーデルハイトを目の当たりにしたユリウスは眩暈を引き起こしそうな表情をしている。 「私はアーデルハイトちゃんとダニエルに挟まれて寝たいのよ。だから、お願い、クラリッサ。腕を離してちょうだい」 「それはできません! カノンさんの気持ちはわかりますけど、でも、危ないんです!! だから、あたしと一緒に寝ましょうよ!!」 「それはそれで身の危険を感じるのよ。……わかったわ。クラリッサも一緒に寝ようよ。それならいいでしょ? 四人で一緒の部屋で過ごそうよぉ」 「うっ! ……カノンさんと一緒なら、あたしはそれでも……」 「身分をわきまえなさい、平民。わたくしたちに関わらないように言い聞かせるのは呼び出した貴女の役割でしょう」  花音の誘惑に負けそうになっているクラリッサに対し、アーデルハイトは恐ろしい表情を浮かべていた。  その顔はダニエルには見えなかったものの、妹の過激な態度は嫌になるほどに見てきた。恐らくはその中でも強烈な嫌悪感が混じった表情を浮かべていることだろう。  ……どうしてこうなった。  ダニエルを抱き締めているフェリクスの表情を盗み見る。  好青年とは思えないほど冷たい視線を向けていたが、ダニエルから向けられる視線に気づいたのか、すぐに視線が交わる。  ……嫉妬している顔もかっこいいのは狡くないか。  年中、悪人面をしていると言われている自分自身の容姿に対して劣等感を抱いているわけではないものの、気になってしまう。 「クラリッサ、アーデルハイト。二人とも同性同士とはいっても同じ部屋で眠るのは良くないと思うよ」 「ちっ」  ユリウスの言葉に対し、クラリッサは舌打ちをした。  ……こっちが本性か。  計画通り、クラリッサの関心をユリウスから引き離すことができたのだろう。  クラリッサの腕の中から逃げ出そうとする花音に頬ずりをするクラリッサは幸せそうだった。その幸福を壊すような提案をするユリウスのことが理解できないと言わんばかりの冷たい表情を浮かべるクラリッサに対し、ユリウスは酷く驚いた表情を浮かべていた。  ……アーデルハイトも黙っているな。  ユリウスに対しての態度をわきまえろと言い返すと思っていたが、アーデルハイトにも思うところがあるのだろう。珍しく無言を貫いていた。 「……クラリッサ?」  ユリウスは理解ができていないようだ。  何度も瞬きをしている。 「ユリウス様は関係ないじゃないですか。これはあたしたちの問題です。王子様は寮に戻ってもいいですよ」 「な、なんてことを言うんだ、クラリッサ」 「事実を言っただけです。あたし、ユリウス様がカノンさんのことを危険人物だって言ったことを一生許しませんから」 「それは――。大切な君に何かがあってはいけないと思って」 「はぁ。そうですか。あたしは誰よりもカノンさんが大切です。カノンさんのことを否定したユリウス様には愛想が尽きました。まだ言い足りないのですけど、時間の無駄になりそうなのでここまでにしておきますね?」  それに対し、クラリッサは冷めきった声だった。  今朝までユリウスの寵愛を独り占めしていたとは思えない冷めきった態度だ。 「カノンさんはあたしと眠りましょう。何があっても、あたしが守りますから」  クラリッサの言葉に対し、花音がため息を零した。  そして抵抗をするのを止めるとクラリッサも花音の気持ちに応えるように腕を下ろした。 「……クラリッサはヒロインちゃんなのよ?」  花音は頬を膨らめた。 「女騎士みたいな台詞はいらないの。ヒロインちゃんなんだから愛されなきゃいけないのよ。なんで、わかってくれないの?」 「あたしはカノンさんがいればそれでいいんです!」 「それはダメよ。私は違う世界から来ただけだもの」 「でも、あたしの声に応じてくださったじゃないですか!」 「それでもだめなの。聞き分けのない子は嫌いよ。クラリッサはヒロインちゃんらしく振舞ってくれないと困るの!」  駄々を捏ねる子どものようだった。  夢と現実の区別がついていないようにも見える。 「もういい。私は一人で寝るから。そうすればいいんでしょ!?」  ……最初からそうすればいいだろ。  反射的に言いかけた言葉を飲み込む。  情緒不安定な言動は、異世界に召喚されたことが影響されているのだろうか。心が蝕まれているかのような言動を繰り返す花音の姿はまともな思考回路を維持しているとは思いにくかった。 「クラリッサ! ついてこないでよね!!」  花音は大股で歩き始め、不意に思い出したようにダニエルとフェリクスの目の前で足を止めた。 「ダニエル」 「……なんだ」 「アンタ、本当に変わらないのね」 「なんのことかわかんねえな」 「嘘ばっかり。私、ダニエルと踊って目が覚めたわ」 「夢と現実の区別もついてねえくせに?」 「バカ。区別くらいついているわよ」  花音の視線はフェリクスに向けられた。  それは見たことがない憎悪に塗れた表情であり、ダニエルは反射的に隠し持っていた杖に手を伸ばす。 「異世界に来たばかりで頭がはっきりしていなかったの。バカみたいに振り回されてようやく靄が晴れたような気がするわ」  追いかけてきたクラリッサは花音の言葉に首を傾げていた。  それに興味がないのだろうか。花音はフェリクスを睨みつける。 「どんな魔法を使ったのか知らないけど。でも、はっきり思い出したわ」  花音の言葉を聞くと吐き気がこみあげてくる。  それ以上は聞きたくないと思ってしまう。

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