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05-4.乙女ゲームのシナリオは暴走をする

「ゆーちゃんを殺したのはアンタだった」  何も言い返さないフェリクスが不気味に思えて仕方がないのだが、ダニエルは頭を支配する頭痛を追い払うかのように取り出した杖を花音の首元に向けた。  ……妄想だ。  ダニエルの前世である霧島優斗は通り魔に殺された。  口論の末、刺殺された。その当時のことをはっきりと覚えているわけではない。  ……言いがかりだ。  花音の目には首元に突きつけられた杖が見えていないのだろう。  青い顔をしているクラリッサは周囲を見渡している。どのような反応を示せばいいのか、困っているのだろう。 「ダニエルまで殺すつもり? ――何と言ったらどうなのよ、フェリクス・ブライトクロイツ」  なぜだろうか。  ダニエルの身体が熱くなるのを感じた。 「ダニエルは俺だけのものだ」  フェリクスは否定しなかった。  それどころか、当然のように言い返した。 「俺だけが愛して、俺だけを愛していればいい。それを理解もしねえ連中の声なんか聴く価値もねえし、言いがかりを付けられても何も思わねえよ」  ……フェリクス。  フェリクスの重苦しい愛はダニエルの心を支配する。  その愛に耐え切れなくなれば互いの命を貪りつくすことになるだろう。 「そりゃあ必要なら殺すかもしれねえなぁ。その時は俺も死ぬだけだ。ダニエルだって同じだぜ? 俺が余所見をしようもんなら、迷うことなく殺そうとする。その後は後を追うだろうな。俺はそれでも構わねえし、ダニエルだって同じ考えだぜ?」  それでも構わないのだとダニエルは笑うだろう。  死が二人を分かつことはないとフェリクスは笑うだろう。  それは二人にしか理解ができない愛の形だった。 「俺たちは愛し合っている。心中だって立派な愛の形だろ?」  ……もしかして、お前にも、前世の記憶があるのだろうか。  当然のように言い返したフェリクスがなにを考えているのかわからない。  ……前世の俺も、お前の愛に殺されたのだろうか。  ダニエルは口元が緩みそうになるのを堪えていた。  ……それならば、どれだけ、幸せな最期だったことか! 「それを他人が口を出すんじゃねえよ。不愉快だ」  前世に対する拘りはない。  不思議なことに通り魔に殺されたことに対する怒りも悲しみもなかった。フェリクスが当然のように語る愛の形を受け入れられるのはダニエルだけだろうが、それすらも心地よいと感じてしまう。  ダニエルがフェリクスの腕の中で愛されている幸福感に満たされている一方で話についていけていないアーデルハイトたちは唖然としていた。  妹の目にはフェリクスに抱きしめられたままのダニエルの姿が異常なものに見えているのかもしれないが、それを気にしている余裕はなかった。 「その吐き気がする愛の為に殺したの……?」  花音の言葉には怒りが込められていた。  手が震えている。 「自分勝手な感情で殺したの?」  目から大粒の涙が零れ落ちる。  慰めようと伸ばされたクラリッサの手を払い除け、咄嗟に止めようと腕を伸ばしたアーデルハイトの手も払い除ける。憎しみが籠った手をフェリクスに対して振りかざそうとした途端、ダニエルが発動させた風により弾かれた。 「どうしてよ!!」  風に遮られてしまい、花音の手はダニエルたちに届かない。  時間が経過すると共に色素が抜けていく目からは涙が零れ落ち、悔しくて仕方がないと言わんばかりに表情が歪んでいく。 「どうして、どうして、ゆーちゃんを殺したのよ!!」  花音の怒りは当然のものだ。  弟を殺された悲しみは受け入れられるものではなかったのだろう。 「俺たちの邪魔をしたからだろ」  泣き崩れた花音の言葉に対してフェリクスは面倒そうにため息を零した。 「だから、邪魔されねえところに行こうとしただけなんじゃねえの」  それから、ダニエルの頬に自身の手を当てる。その感触を確かめるかのように触るのはフェリクスが考え事している時の癖だった。  ……安心しろよ、フェリクス。お前のことは俺が理解してやるから。  まるでダニエルが泣いていないことを確認する為にも思えた。  フェリクスを拒絶していないのか、確かめる為の行動にも思えてしまう。 「前世のことなんか知らねえよ。俺だってまともに覚えているわけでもねえし」  前世の記憶を所持している魔法使いや魔女は少ない。  それでも、数世紀に数人ほど存在している。転生者と呼ばれる彼らには特別な能力があるわけではないが、聖教会が信仰の対象の一つとしている異世界の聖女に関する貴重な情報を持っていると信じられてきた。  この場においてフェリクスが前世の記憶を持っていることを口にするのは、厄介事を引き寄せるようなことではない。  公にする必要性もないが、隠し通さなければいけない理由もない。  それどころか、幼い頃から友人関係を築いてきたルーカスはフェリクスのダニエルに対する強すぎる愛情の正体を知ったかのような表情を浮かべている。 「それで? 話は終わりか?」  フェリクスの言葉に対し、花音は答えない。  ただ、与えられた答えに対して泣いているだけの花音に興味もないのだろう。 「ダニエル。戻ろうぜ」 「……いいのか?」 「問題ねえだろ。相手にもならねえし」 「フェリクスが怖い顔をするからだろ。あんな顔、初めて見たんだけど」 「はは、そりゃあそうだ。ダニエルに近づく奴は全員敵だからなぁ」  フェリクスの手が頬を離れる。  それから歩きやすいに抱きしめられていた腕も離れていく。 「それとも、俺といたくねえか?」  不安そうな発言に聞こえるが、表情はいつもと変わらない。  冗談として口にしているのだとわかるのはダニエルだけだろう。 「気色悪いことを言ってんじゃねえよ」  肘でフェリクスの腹を突く。 「構い倒してやるって言っただろ? ――殿下、お先に失礼します。明日の星影祭でお会いしましょう」 「動けりゃいいけどなぁ」 「フェリクス。挨拶くらいはしろ」 「へいへい。じゃーな、ユリウス。早く寮に戻れよ」 「それが挨拶か!?」 「挨拶だろ。ほら、行こうぜ」  フェリクスはダニエルの腕を掴み、歩き始める。  それに対してダニエルは文句を言ってはいたものの、抵抗はしない。

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