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06-2.他人の理解など必要はない
「ふざけんじゃねえよ、バカフェリクス」
「俺のせいかよ」
「うるせえ。バカ。こっちに来るんじゃねえ」
「この状況で待てはねえだろ」
込み上げてきた恥ずかしさに悶えるダニエルのいるベッドに座り、フェリクスはダニエルの髪に優しく口づけをする。それから赤くなっている顔を隠そうとするダニエルの両手を優しく掴み、退かせる。
「可愛いなぁ、ダニエル」
軽い口付けをする。
合わせられた唇はすぐに離れ、フェリクスはダニエルの隣に座った。
「このまま気が狂うほどにヤりてえんだけど」
「……好きにしろよ」
「珍しく素直だな。たまにはそういうのもいいなぁ」
「うるせえ。さっさとヤれって言ってんだよ!!」
焦らされているわけではないのにもかかわらず、自己主張する陰茎は熱を持っている。このまま触られなければ我慢ができず、自分自身で触ってしまうだろう。
欲情した目を向けるダニエルに対し、フェリクスは息を飲んだ。
下着だけを身に着けているフェリクスの陰茎も勃起している。日頃から性的不満を抱えやすいフェリクスが一度だけで我慢できるはずがない。それでも、ダニエルの上に跨らずに隣に座っているのには理由があるのだろう。
「先に話をしようぜ」
「後でいいだろ」
「焦るなよ。話が終わったら嫌になるほどに鳴かせてやるからよ」
フェリクスは引くつもりがないのだろう。
ダニエルは不機嫌そうに舌打ちをした。
「さっさと話せ」
身体を起こす。
それから視線をフェリクスの下着に隠れている部分に向けた。
……萎えたわけじゃねえよな。
この状況にもかかわらず、話をしようと持ち掛けるのは正気とは思えない。日頃のフェリクスの言動を考えると不気味ですらあった。
「どうした。さっさと言えよ」
ダニエルの言葉に対し、フェリクスは視線を泳がした。
話をしようと持ち掛けたものの、話の切り出し方がわからなかったのか。それとも覚悟が決まっていなかったのか。どちらかわからなかったが、ダニエルは大げさにため息を零し、視線をフェリクスに向けた。
「言いにくいなら俺から聞いてやる。あの女と話をしてから様子がおかしいんだよ。俺が気づかねえと思ってんのか」
「いや、……ダニエルなら気づいているだろうと思っていたけど」
「はっきり言え。なあ、前世のことを気にしてんのかよ」
「そりゃあ、気にするだろ」
「はぁ? 意味わかんねえな。今更、そんなことを気にするのかよ」
ダニエルの言葉に対し、フェリクスは俯いた。
それから逃げようとするフェリクスの手を掴み、押し倒す。いつもとは違う状況だが、ダニエルは動じなかった。フェリクスを逃がさないと言わんばかりに跨り、顔を近づける。
「黙っていたのは悪かった。終わったことを口にしても意味がねえと思っていたから黙っていた。アーデルハイトの破滅を回避することができる手段でしかなかったし、まともに覚えてもいねえことに振る舞わされる余裕はなかったからな」
前世は過ぎた出来事だ。元に戻ることはできない。
曖昧な部分の多い記憶の中には幸せだった思い出もある。友人と過ごした日々や家族と過ごした日々はかけがえのない思い出だ。
「三月末の落馬が切っ掛けだった。気絶している間に夢を見た。それ以降も何度か夢を見た。どれも曖昧な記憶ばかりだ。それでも、あれは俺の前世だ」
しかし、今を手放しても戻りたいと思えるものではなかった。
「それだけの話だ。だから、そんなもんに振り回されてるんじゃねえよ」
ダニエルは霧島優斗ではない。
霧島優斗はダニエルではない。
同じ魂を持っていたとしても、同じ人格を持っていたとしても彼らは別人だ。ダニエルとして生きてきた人格に霧島優斗の記憶が加えられたところで、なにも、変化はなかった。
だからこそ、ダニエルはなにも対処をしなかった。
「……ダニエルは怖くねえのかよ」
「怖くねえよ」
「俺は前世のお前を殺してるんだぞ」
……フェリクスの怯えた顔は初めて見た気がする。
この状況ではなければ写真に収めていたことだろう。場違いなことを考えながらも、ダニエルは口角を緩める。
「それが愛の形だって言っていたのは嘘か? 俺には最高の口説き文句に聞こえたんだけど」
……このままいけば、抱けるんじゃねえか?
不意に頭を過ったのはダニエルがフェリクスを抱く姿だった。それは今まで一度も成功したことがない光景であり、フェリクスの手により快楽に弱い身体に躾けられてしまっている自覚があっても、一度くらいは逆転してみたいと思ってしまう。
「それで、まだ話をするつもりかよ?」
「いや、もうねえけど」
「そうか。俺の気持ちを聞いて解決したなら、さっさとヤらせろ」
ダニエルは言い切ったものの、首を傾げた。
この状況ではフェリクスを抱くのは不可能である。姿勢を変えようとすれば、フェリクスに押し倒されるのは目に見えている。
……足を動かせばいいのか。
普段、フェリクスにされている行為を思い出す。
……退けば気づかれるな。少し下がって様子を見るか。
腹の上に座っている位置を少しずつ後ろに動かしていく。話をしている最中も収まることのなかったフェリクスの陰茎の上まで移動したところで、フェリクスの腕に腰を掴まれて移動できなくなった。
「離せ。屑野郎」
「それが恋人に言う言葉かよ」
「あぁ、そうだ。恋人だから言ってやってんだよ」
「なんだよ、それ。可愛い動きをし始めたと思ったら、可愛くねえことを言いやがって」
フェリクスの手がダニエルの尻を揉む。
下着を下げられ、直接、肌に触れた。それに対し、ダニエルの表情が歪んだ。
……不味い。
このままでは頭の中では完璧な計画が失敗する。
一度も成功したことはないが、この機会を逃したら、しばらくは不可能だろう。
……避けねえと、いけねえのに。
待ち望んでいた刺激を乞うように動きそうになる腰に力を入れる。
「んんっ、バカ、今、触るんじゃねえよ」
「吸いついてくるのはダニエルだろ? 逃げるなよ。準備しねえと辛いだろ?」
「ひっ! う、うるせぇっ! 触るなってっ、んぁっ!」
「へいへい、わかってるって。受け入れる準備をしようなぁ?」
穴に指を入れられる。それを待っていたと言わんばかりに快感を拾ってしまう自分自身が恥ずかしいのか、ダニエルの頬は赤くなる。
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