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第2話 偽り者
僕には才能がなかった。兄のようなセンスもなかった。活けることを生業には到底できそうになかった。
兄には才能があった。溢れるほどのセンスもあった。けれど、花を活けることを生業にすると、兄は一人ぼっちになってしまった。兄の恋愛対象が異性だったら、それはそれは見事なシンデレラストーリーを作ることもできたかもしれない。
けれど、兄が好きになるのは同性で。
いつも、その恋は家や家業のせいで壊れてしまった。いつも、いつも。
それでも兄は家族に優しく、花を愛してあげられる大らかな人だった。
僕にセンスがあればよかったのに。
僕に才能があったらよかったのに。
そうしたら、兄ばかりが背負うことなどなかったのに。だから――。
「あっ……ン」
だから、僕は自分の差し出せるものは全て差し出してあげようと思った。兄の負担が、背負うものが少しでも軽くなるのであれば、なんでも犠牲にしようと。
「やぁっ」
「雪……」
「あ、あ、あ、それ、ダメっ、環さっ……ンっ」
乳首を甘噛みされてビクンと身体が跳ねてしまう。
愛撫に感じてるくせにって、僕の腕の中で、彼がニヤリと笑って、見せつけるように僕の乳首に歯を立てた。
「やぁ、ン」
家は兄の恋愛に関して寛容だ。けれど、子がいなければ家業を継ぐ者がいなくなってしまう。
だから、僕が家を継ぐ。
才のない僕にできるのはそのくらいだもの。
花がとても好きだから。
兄にも花を好きなままでいてほしい。自分を犠牲にして捧げるしかなかったんだと、花のことを嘆かないで欲しいから。
「あぁ……ン」
彼はそんな僕を手助けしてくれた。兄にも内緒にしていた秘密に気がついて手を差し伸べてくれた。
僕も、同性愛者だと。
内緒にしなければいけなかった。でないと兄はきっと、誰かと結婚してしまう。そのうち自分の全てを家のために諦めてしまう。どうせ上手くいかないのだからもういっそのこと、と自分を諦めて手放してしまう。それはとてもかわいそうだから。せめて、それだけは僕がしてあげようと思ったんだ。とにかく世継ぎをと、周囲の期待に答えて、自分のことは全て捧げてしまう前に。弟の僕になんの負担もかけずに。自分ばかりが背負ってしまう前に。
兄はとても優しい人だから。
そのくらいは僕がしてあげないと。
だから、このことは内緒にしなければいけないんだ。兄にも、周りにも。
このことは。
そう思って自分のことは隠してきたのに。どうして彼にはバレてしまったのか。彼だけが気がついてしまって。
そして、僕は、いつものように不敵に笑う彼のその手を取ったんだ。
「雪」
「あっ……環、さんっ」
ホテルの一室に響いてる。甘い甘い僕の声と身を捩る度に擦れるシーツの音、それから、身体が指に柔らかく解されていく濡れた音。
「空きっ腹だったか?」
「あっ」
「いつもあのくらいじゃ酔わないだろ?」
「あぁっ、ぁ、ダメ」
中を指がぐるりと掻き混ぜて、甘い悲鳴を上げた。
「中、すげぇ熱くて、トロットロ……」
「あっ、ン」
うつ伏せになった僕の背中に彼がキスをする。肩を噛まれると、すごく気持ち良くて、勝手に腰が揺れてしまうんだ。早くって、彼を欲しがってしまう。部屋に入って、シャワーを浴び終わったばかり。髪も濡れたまま、まだ外の夜景すら観てもいないのに、身体を熱にせかされるままに重ねて。
「挿れるぞ、雪」
「あっ、ン……あ、あぁ」
彼のペニスが孔に触れただけで震えてしまう。早く欲しくて、欲しすぎて、身体が興奮に身悶えるんだ。
「雪」
「あ、あっ、大きいっ……」
「っ」
彼は、セックスの間だけ僕のことを「雪」って呼ぶ。この時以外は「雪隆」って。
「すげ……中、トロットロ」
「やぁ……ン」
「っ、雪」
「あ、あっ、あっ」
「馴染むまで待つか?」
彼は僕の腰を掴みながら、ペニスをずっと奥まで挿入して、そこで一つ深呼吸をした。太くて、熱くて、すごく硬い彼のが奥まで届いて、中で脈打ってるのを感じる。
「どちら、でも」
動いて欲しい。
「雪」
「あ、あぁぁぁ」
おねだりとか甘えるのとか下手なんだ。上手にできなくて。そんな減らず口しか出てこない可愛げのない僕の中を彼が擦り上げてくれる。前立腺も、僕の好きな奥のところも全部この逞しいペニスで。
「やぁあ、あ、ダメっ」
「雪」
「あ、あ、あ乳首っ」
背中から覆い被さって、また肩を少しだけ噛まれながら乳首をいじられて、中が切なくなる、気持ち良すぎてもう達してしまいそうで、中が彼のペニスにしゃぶりついてしまう。
「あ、あっ」
「雪」
気持ち良くて蕩けそう。指先から全部、中も気持ちもトロトロに。
でも、このことは内緒にしなければいけないんだ。兄にも、周りにも。このことは。
「あ、も、イっちゃう」
「イけよ」
「環さんっ」
「あぁ」
「あ、あ、あ、あっ、イク、イっちゃう」
内緒にしないといけない。僕が同性愛者ってことも。
「あ、あ、あ、環さん、っ」
「っ、雪」
僕が、同性愛者で、そして、彼のことがずっと、ずっと。
「イく……ン、ぁ、環っ」
「雪」
好きだってことも内緒にしないと。だから、今、彼とのセックスに夢中になって、つい「好き」なんて言葉を零してしまわないように。
「あっ、環さんっ」
その言葉を言えないように自分の口を手の甲で塞いだ。
「雪」
「あっ」
けれどその手を奪うように後ろから抱き締められて、深く深く口付けられて、危うく零してしまいそうになる告白も呼吸も全て環さんに奪われ、僕はすごく。
「あっ……イク」
夢見心地だった。
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