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第11話 目覚まし時計

 幼い頃、僕は朝がとても苦手だった。  まだ眠っていたくて、もう少し、もう少しって、自分でセットした目覚まし時計を止めて、ぐずぐずとベッドから起き上がれずにいた。  もう少し、あとちょっとだけって、この温かく心地の良い場所にずっといたくて。  でも、そんなわけにはいかないでしょう?  起きて、学校へ行かなければいけない。ここから出ずにいられるわけがない。わかってるのに。この時間に起きようと決めたのに。  あと五分だけ。あと十を数え終わるまで。そんなふうにしているうちにすっかり目は覚めているのに、それでもまだ出たくなくて、目を瞑ってしまいそうになる。  もう少しだけ、と――。 「あっ……ン」  環さんがゆっくり僕の中から抜ける時がとても切なくなる。彼のが僕の中を最後味わうようにゆっくり擦って、抜けてしまう瞬間。 「……あ」 「雪……」 「ン」  とても名残惜しそうな顔でもしてしまっていたのだろうか。彼は小さく笑って、まるで子どもでもあやすように抱き終えるといつもこうしてキスをしてくれた。  もう少し、あとちょっとだけ――。  そんな顔をしてしまったんだろうか。僕はいつだってそうだ。 「……どうかしたか?」 「? 何がです?」 「お前が、手伝いを自分から頼むなんて珍しいだろ?」 「……」  わかってるのに。もうそろそろ終いにしないといけないと。 「まぁ、いいけどな」  自分で最初から決めていたのだから。 「風呂、一緒に入ろうぜ」 「え?」 「いいだろ。たまには。今日はお前から手伝いを頼んできたんだ」 「はい? あの、それと入浴を一緒にするのが繋がりませんけどっ」 「俺の中では繋がるんだよ」 「そんな勝手に」  彼は戸惑う僕を軽々と抱き上げてしまった。 「ほっそ……お前、ちゃんと飯食ってるのか? この前よりも萎んでないか?」 「なっ、人を風船みたいに」 「まぁ、確かに萎んだ、は失礼だな。こんなに」 「あっ……っ、ちょっ……っ」 「ハリのある萎んだ風船はないもんな」 「あっ」  バスルームに到着すると、そっと、大事におろしてくれる。きっとこういうところも女性を夢中にさせるんだろう。軽々と僕でさえ持ち上げてしまうんだ。女性にしてみたら逞しい彼はとても魅力的な雄で。 「あ、ウソ……また」 「雪」  降ろされて、そこでまた抱きしめられた。首筋にキスをされただけで、中が気持ちいいとねだるようにキュッと締め付ける。  ここをまた貴方に抉じ開けられたいと。 「あぁ、あ、ダメっ」  抱いて欲しいって、ほら、ゾクゾクする。  この人が欲しいと。 「あ、あ、あっ……あっ」 「っ、すげぇ」 「熱いっ、ぁ、環さんっ」 「中が絡み付いてくる……お前のここ」 「やぁっ」  何も掴むところのないガラス張りのバスルームに両手で縋りながら、自然と腰を背後にいる彼に突き出した。 「雪」 「あ、やっ……あ、あ、あ」  わかってるのに。 「雪」  彼に名前を呼んでもらえるとたまらなくて。 「っ」  彼が僕の中、奥まで貫きながら息を詰めるのがたまらなくて。 「あ、ダメっ」  今、貴方がどんな顔で僕を抱いているのだろうと、振り返ったところを少し荒々しくキスされながら、ほら、また、ダメなんて嘘をつきながら、ねだるように貴方のことを締め付けた。 「え? あの」 「時間が時間だから軽食だけど、ギリ頼めた」  先にバスルームを出たから、急いでいるのかと思った。仕事とか。 「サンドイッチ、お前、好き嫌いないだろ?」 「……」 「食って、それから寝ようぜ」 「帰らないんですか?」  帰るんだと思ってた。僕を抱いて、サッと貴方はバスローブを羽織ると部屋へ向かったから。  彼は僕の質問には答えず、ベッドの前にぼーっと立っているままの俺の手を引っ張り、彼が座っている間に僕を置いた。二人分の局地的かけられた重みにスプリングが僅かに揺れた。 「……百合、まだ綺麗に咲いてるか?」 「え?」 「お前の庭」 「あぁ……えぇ」  もう切ってしまおうかと思ったら、彼にもったいないだろと止められた。 「まだ咲いてます」 「そっか」  とても綺麗に白い花びらを広げてる。 「……切らなくて、よかったな」  あの日、彼が触れた小さな蕾が今ちょうど咲いていて、それはそれは大きく花開いてた。 「……」  今度は僕が返事をしなかった。  切ってしまったほうがいいと思ったから。  だって、花なんて特に詳しくない環さんは知らないでしょう?  白い百合の花言葉。笑ってしまうんだ。 「純潔」  だなんて笑ってしまう。 「無垢」  だなんて、あまりに僕には合わない花言葉でさ……。 「本当、ほっそいな……雪」  彼はそう耳元で小さく呟くとさっきまで掴んでいた僕の腰を優しく両手で抱きしめて、肩に顎を乗せた。くすぐったくて、身を僅かに捩ると、笑って首筋にキスをくれる。  食べろと言ったくせに食べるのを邪魔してくる。  貴方は食べないの? と振り返ると僕が手に持っていたサンドイッチを盗んで食べてしまった。  食べろって言ったのは貴方なのに、僕のを食べてしまう。  笑っちゃうでしょう?  僕は幼い頃からグズだった。食べ終わるのも、朝、ベッドから出るのもテキパキできなくて。いつも最後になってしまう。  ね? だから、こうして貴方の懐から今も出られないでいる。自分で決めたのに。まだここから抜け出たくなくて、この温かく心地の良い場所にずっといたくて。  もう支度をして出ていかなければいけないのにさ。  もう少し、あとちょっとだけって――。

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