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媚薬でトロトロ編  4 毒を食らわば。

「お疲れ」  ベッドの端に腰を下ろして、ぼーっとしていた僕に環さんが笑いかけてくれた。長い……というか、とても疲れる、一日が終わる。 「はい……疲れました」  そう、ぽつりと答えると、やけに素直だなと笑いながら、隣に腰を下ろした。  大変な一日だった。  隣に座ってくれた環さんの肩に頭を傾けて、コツンと乗っかると、大きな手が髪を撫でてくれた。  本当に大変な一日だったんだ。  僕が不審だと思っていた男は結婚詐欺師、というやつだった。女性が好むような習い事に参加して、そこにいた女性に近づくのが手口で、うちの生花教室でもターゲットになりそうな女性を物色していた。多分、二回目に拓馬さんと遭遇した時は、また別の習い事にでも参加していたんだろう。そうするとあの少し派手なスーツというのが納得がいく。まるでデートにでも行きそうな格好だったから。そんな習い事で女性を物色している時に拓馬さんに遭遇した。  傘、というのも手口の一つだったんだろう。  声をかけられるのを待っていた、とか。あの日は一日、ほぼ雨だったんだ。それなのに、折りたたみ傘も持たずに外出するなんて。けれど、そんなことは思わずに傘をあげた拓馬さんをその男は……。  三回目、今日の遭遇は拓馬さん狙いだっただと思う。講師をしていた加藤さんの話では、二人で並んで受講していたらしい。男同士だったからとても目立っていたと、教えてくれた。  いわゆる血迷った、とか。結婚詐欺のターゲットを探していたはずなのに。  傘をくれた拓馬さんをあろうことか襲おうとした。  兄さんが襲われかかっている拓馬さんを助け出し、とりあえず僕は二人を自宅に送って。 「ごめんなさい。環さんにも色々してもらってしまって」 「別に」 「電話……すぐに出てくださったの、ちょっとびっくりしました」  いつだって忙しい人なのに、よくタイミングも身図ることなくかけた電話に出てくれたなぁって。 「あぁ、あの時、ちょうど手が空いてたんだ。六法全書の読書中だった」  多分、それは嘘。そんな時間、この人にはないだろうし、そんなの全て、法律の知識丸ごとがその頭の中に入っているんだもの。 「それに、お前がメッセージじゃなく、突然電話をしてきたからな」 「……」 「何かあった、って思った」  きっと仕事中だったはずなのに。 「敦之たちの方は大丈夫か?」 「はい。多分、後日、落ち着いたら知り合いのお医者さんに診せると言ってました」 「あぁ、あいつか。あいつなら大丈夫だろ」 「環さんもお知り合いなんですか?」 「同級生だよ。あいつの交友関係ものすごいからな」 「でしょうね」  兄さんのあんな顔初めて見た。  取り乱しているのも、人を殴ったりしたところも、あんなに激怒したところも見たことがなかった。 「あ、そうだ。それで、男が持ってた薬。拓馬に飲ませたっていう方の。とりあえず、そこまで危険なモノではないらしい。合法の、ネットでも買える代物だったよ。だからそれを持ってること自体は違法じゃない。体内に残ることもないし、常習性はない物。けど、それを強制的に飲ませようとしたこと、襲ったこと、そっちで捕まる」  兄さんに電話をした後、環さんに助けを求めたんだ。そして、兄に殴られて気絶をした男のことは環さんが対応してくれた。  拓馬さんは、媚薬、を飲まされていた。  じゃないと、あんなところで、運転している僕が、もちろん見てなんていないけれど、僕がいる車の中であんなこと。 「麻薬の類じゃないから、安心しろ」 「そうなんですね。じゃあ、そのこと、兄に連絡しておきます」 「もうしておいたよ。まぁ電話には出なかったけど、メッセージに残してあるから、後で気がつくだろ」 「色々ありがとうございます」 「危険物質は入ってない」 「それなら安心です」 「だから、飲んでみようぜ」 「普段の彼とは別…………」  別人みたいだったんです、と、そう、環さんに話そうとしていたところだった。何か拓馬さんの健康が危ぶまれる事態だったらどうしようかと、訊こうとしていたところ、だった。 「………………あの、今、なんて」  何か、言ってた。  今、環さんが。 「だから、飲んでみようぜ」 「………………」 「危険なモノでもないし、常習性もない。どんなものか気になるだろ?」  気になる? 「だから試しに飲んでみようぜ」  やっぱり、今、飲んでみようって。  何を? 「これ」  なんで? 「面白そうじゃん」  誰が? 「二人で」  何を? 「飲んでみようぜ? 媚薬」 「………………はぁ? な、何言い出したんですか」  そして、環さん不敵に笑いながら、小さな白い粒を手に出してみせた。まるで魔法のように。これが宝石の類なら、女性は飛び上がって大喜びにするだろう。僕もきっと驚いて、喜んでしまう。  けれど――。 「なっ…………」  そう、だった。兄同様、昔から、注目を集める人だった。純粋にファンのような人がほとんどだけれど、たまにその中に毒気のある視線も混ざっていることがある。  あるけれど、この人はそんな毒を微笑みながら食うようなそんな人。  毒でもなんでも、面白そうだと笑って食べてしまうような。 「何を…………」  そんな人、だった。

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