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媚薬でトロトロ編 6 楽しそうな恋人たち

「平気ですってば……えぇ、大丈夫です。もう普通に仕事していますから。気にしないでください。それじゃあ、はい……また」  そこで電話を切り、スマホをジャケットの胸ポケットにしまった。電話は……環さんから。この間の夜、激しくしてしまったからって。翌日、ベッドから起き上がれなかった僕を心配してくれているんだけれど、もう数日経ったのに、まだ心配を……。 「もぉ……」  人の多い、ホテルのロビーなのについ笑ってしまった。だって、環さんが。こんなに心配性だとは思わなくて。つい、たった今、電話を切ったのにメールを寄越してくるなんて。  ――無理するなよ。  なんて。  無理なんてしてません。たくさん頼って世話を焼いていただきましたから、そう返信をした。  それに今日はそんなに忙しくないもの。久しぶりに当主自ら生花教室の講師を勤めているのを、遠くで見守るだけでいい。  今、その講義が終わったところ。今回は講師をあの人が務めたこともあって、参加希望者の数がものすごかった。おかげで、オンライン配信を検討することになって、その打ち合わせを明日することになっている。今日はこのままここでお仕舞い。  なぜ、久しぶりにご当主様直々のレッスンだったのか。  理由は簡単――。 「あ……は、あ……あ、えっと……こ、ここここ、こんにちは、あ、こんばんは」  この、羞恥心から言葉が喉奥でつっかえてしまった愛しい恋人のため。  あの男は結婚詐欺のターゲットを見つけるために参加していたとのことだけれど、その結婚詐欺をする対象には選ばれないはずの男性の拓馬さんが襲われかけた。結婚詐欺師さえ血迷わせてしまうんだから、もう拓馬さんが受けるレッスンの時は自分がそばにいないとって兄が言い張ってきかなかった。  まぁ、それで上条家としては収益が右肩上がりになるのだから、全くもって困ることはないのだけれど。ただ当主の多忙が増しただけのことで。 「……こんばんは」  彼に会うのはあの日以来。多分、気まずいと思っていそうだから、顔を合わさないようにしていたんだ。  恥ずかしくてたまらないだろうから。 「兄は……」 「あ! 今、えっと、生徒さんに色々と」 「あぁ」  多分女性がたくさん押し寄せているんだろう。 「大人気です」 「……そうですね」  それを眺めるのはそんなに楽しくはないだろうから。ロビーで待っていることにしたんだろう。僕もいつもそうしていたから。兄と、そして環さんの周りにはいつも人がたくさんいて、僕なんて声をかけたところで届きそうもなくて。 「あ、あの、あのっ、この間は本当にすみませんでした。俺、皆さんに迷惑をかけてしまって。敦之さんだけじゃなくて、雪隆さんにも、それに、あの環さんにも色々していただいたみたいで」  しゅん……としょげてしまった。 「俺、敦之さんにすごく……申し訳なくて、迷惑ばっかり……」 「体調はいかがです?」 「あ! あのっ、大丈夫です! その」 「ならよかったです」 「……ぁ」  真っ赤。  見てなんていないし、兄さんがジャケットで覆い隠していたから何も見えていなかったけれど、まぁ、後部座席で何をしていたのかくらいわかるから。それが僕だったら恥ずかしくて蒸発したくなっていただろうし。  だから、気にしないでいいですって、言ってあげようかなって。 「あの媚薬」 「!」  その単語一つに飛び上がってしまう。 「結構効きましたね」 「ぁ、はい。すごく…………って、え? あの」  反応ひとつひとつが面白くて。  きっと兄にとってはこの仕草、反応、そのどれもが可愛くてたまらないんだろう。 「え? え? あの、雪隆さん?」 「でも、気をつけてくださいね」 「あ、はい! それは! もちろん」 「これからも生花教室頑張ってください」 「は、はい! って、あの、あの、びや……く……」  シー……内緒です。 「の、飲ま……」  だから、内緒ですってば。 「それから、大丈夫ですよ」 「?」 「兄は」  そんなにしょげなくて。 「貴方の世話を焼くのも、頼ってもらえるのも、喜んですると思いますから」 「……」  あ。 「はい……あ、の……雪隆さん?」  拓馬さんに言っているのに何を自分で気恥ずかしくなっているんだろう。もう。 「ほら、そろそろ、当主がサイン会終わる頃ですよ」 「あ、はい」 「確かに。たくさんの人に囲まれている人ですが」 「……」 「貴方のそばにいる時が一番とても幸せそうにしていますよ」 「……」  その時だった。いなくなった愛しい人を探し回っていたんだろう。兄が血相を変えてやってきた。 「あ、敦之さん!」 「それでは、私はここで」 「あ、雪隆さん、あのっ……本当に……この間は……」 「気になさらないでください。ほら、兄が待ってます」 「は、はい」  僕に会釈をして拓馬さんは兄の元へと駆けていく。そして、自分の腕の中に閉じ込められるところに戻ってきてくれた恋人に兄は緩みっぱなしのだらしない笑顔を向けて。  嬉しそうな顔をしてた。 「もぉ……なんてだらしのない……」  気恥ずかしい。  なんて顔をしているんだろう、うちの当主様は。 「雪!」 「! 環さん? あの、どうして」 「近くだったからな。もう仕事終わりだろ」  知らなかった。彼は意外に心配性だったって。最近知った。 「ほら、帰るぞ? 荷物寄越せよ。持っていく」  こんなに世話焼きだなんて知らなかった。 「雪? 熱あんじゃないか? 顔、赤いぞ」 「! あ、赤くないですっ!」 「いや、赤いだろ」 「赤くないですってば!」  そしてたった今さっき、拓馬さんに言ったことを思い出して赤くなってしまった頬を隠すために俯きたいのに。 「ったく、やっぱまだ無理してんだろ」  僕の世話を焼く環さんの指先がくすぐったくて、くすぐったくて。  ―― 貴方の世話を焼くのも、頼ってもらえるのも、喜んですると思いますから。  笑ってしまった。

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