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初旅行編 2 とんがり屋根の秘密基地

 宿に着いたのは夕方だった。  高速を降りて、そこから驚くような日本の原風景の中を走って、走って、何もないような森の中に突然、リゾート施設が出現した。  チェックインを済ませると、またそこから、今度はカートで移動。  カートなんて、初めて乗った。電動、なんだ。グラグラって、揺れがものすごくて、走り出したところで、慌てて近くにあった取手にしがみ付くと、環さんに笑われた。 「お、着いたぞ」  車とは違う乗り心地のカートさえ、難なく運転してしまう環さんが指をさした先に、離れ、なのかな、建物があった。とんがり屋根が可愛くて、なんだか、秘密基地みたい。 「足元気をつけろよ」 「は、はい」  自然に手を差し伸べてもらって、少しくすぐったく思いながらも、そっとその手に掴まった。  考えたら、環さんと旅行って、初めてだ。  身体はたくさん重ねたけれど、身体だけだったから。こういうこと、ってしたことなくて。 「わぁ……すごい……」 「プールジャグジー、露天風呂付き、メゾネットヴィラ、バーベキュー用専用テラス付き。すげぇだろ」 「……っぷ」 「なんだよ」  だって、と小さく呟いたら、環さんが少しへそを曲げてしまった。それにまたちょっとだけ笑った。  たくさん、色々くっついていて、こんなすごいところ一ヶ月前なんかによく取れたなぁって。それこそ、僕が「兄が旅行なんですって言ってすぐに予約しないと取れないんじゃないかなって。 「すごすぎてびっくりしたんです。こんなところ、初めて来ました」 「そう願うね」 「……?」 「こんなところにお前をエスコートできる男が今までにいたら、ムカつくだろうが」 「……」 「俺の知らないことがあったら腹が立つ」  日本でも海外でも、あっちこっち行ったことがある。先週だって、先々週だって、日本中駆け巡ってた。 「お前のことで知らないことなんてないはずだからな」  でも、こんなところ泊まったことはない。いつもビジネスホテルだもの。たまに招待とかでいいホテルには行くけれど、見えるのは夜景くらい。そして、その夜景だって一人で眺めたところで、楽しいのは数分程度だ。チラリと眼下に瞬くに人工の光を眺めてから、後は、ノートパソコンと睨めっこ。仕事してる。  一人で、旅行なんて行っても……ね。  でも、貴方を誘う勇気は、それこそないから。 「? 今、バーベキューテラスって」 「そ、おいで。雪」 「?」  大人二人くらいなら余裕で入れるジャグジープールに檜のいい香りのする露天風呂、それから水が張ってあって、石畳がどこかへ続いていた。  一つ、二つ、環さんがその上に乗って振り返り、こっちへ手を伸ばす。 「あ、あの……」  その手に手を重ねると、そっと引き寄せてくれる。 「足元、気をつけろよ」 「は、はい」  返事をする俺に笑って、ぽん、ぽんって、そこを渡ると、ウッドデッキがあり、蚊帳の中でバーベキューができるようになっていた。 「面白いだろ? 水上バーベキュー」 「わ、すごい」 「食材はそこの冷蔵庫にあるは、ず……あったあった」 「すごい」 「気に入ったか? 明日は、面白そうなところに連れてってやる。とりあえずはバーベキューだな」 「は、はいっ」  じゃあ、もう一度、部屋の方に戻って、荷物解いてからご飯かな。お風呂にも入りたいよね。それから、ジャグジープールも、でも、水着なんて持ってきてない、足だけでも浸けたら気持ちいいかも。環さんも運転疲れただろうし。お酒も頼んだら、運んでもらえるのかな。ワイン、赤だよね。 「雪」 「ハイっ」  パッと顔を上げると、環さんが石畳の上で俺のことを待っていてくれた。  色々考えていて、ぽんぽんとその石畳を渡っていた最中の俺は、立ち止まっている環さんに激突してしまって。 「わっ、わっ、ごめんなさっ、」  体当たり、してしまった。  でも、水に落ちなかったのは、環さんが受け止めてくれたから。 「いーよ」  びくともしない。ぶつかってしまったのに。 「お前が楽しそうでよかった」 「!」  ドキドキしてしまう。 「にしても、本当に優秀な秘書だよな」 「?」 「ワイン、赤でいいよ」 「!」 「考えてくれただろ? 今」  ずっとお互いに忙しかったから、貴方の体調が一番大事だから、ずっと、その……。 「雪、今度は部屋の方、見てみようぜ」  貴方に触れてなかったから。  ドキドキしてしまう。 「……はい」  ね、あのね。 「ベッドのスプリングチェックもしとかないと」 「!」  初めて、だから。 「っぷは、真っ赤」 「だ、だっ」  こういう旅行はしたことがないの。あるのはビジネスホテルだけ。  好きな人と、こんなワクワクしてしまうような旅行なんて、生まれて初めてなの。だから――。 「可愛いな」  どうしよう。 「早く、食いたくなる」  昨日からずっと楽しみで仕方がなかったこの旅行の間、この心臓はもつのかなって、ちょっと思うくらい、胸が躍って、ドキドキしちゃって。 「……バーベキューたくさん食べてください」 「っぷは、あぁ、先に腹ごしらえだな」  ほら、貴方と繋いだ自分の手がちょっと熱くて、恥ずかしかった。

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