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初旅行編 8 キラキラスノードーム

 昼食を済ませて、そこからまた山を降り、その途中で車を止めた。 「ここ、は……」 「美術館」  案内してもらったのは庭園だった。ちらほらと人もいて、広大な駐車場には車も数台だけれど止まっている。 「そんで、こっち」 「?」  どこに行くのだろうと戸惑いながら環さんの後ろをついて歩いていると、若い女性二人とすれ違った。環さんをチラリと見て、その容姿に少しだけ目を輝かせながら。僕は慌てて、連れですって主張するように環さんの隣へと駆け寄って。 「どうした?」 「い、いえ」  ちょっと、嬉しい。 「なんだよ。笑って」  だって、慌てたんだ。 「なんでもないです」 「……おかしな奴だな」  だって、あの若い女性二人が貴方をチラリと見た。僕はそれに対して、邪魔をした。  今までだったらね、そっと背後に寄り添いながら、声なんてかけられてしまいませんようにって心の中で願うだけ。それ以上は、前の関係では何もできなかったから。 「なんでもないんです」  だから、ささやかだけれど主張できたことがとてもとっても嬉しかったんだ。 「ここって……」 「自分で作れるらしい。やってみるだろ?」 「は、はい」  スノードーム体験教室だって。 「二名様ですね。ではあちらのテーブルへ」  なんか、意外だ。美術館もそうだけれど、こんな感じの時間の過ごし方は今までしたことなかったから。 「ほら、雪」 「は、はい!」 「このカゴに好きなだけガラス細工を入れるんだそうだ」 「はい」  すごく、すごく優秀な弁護士さん。子どもの頃からかっこよくて、誰もが憧れて、誰もが羨望の眼差しを向ける、そんな人。 「すげ、雪、こんなガラス細工もあるんだな。お、これ可愛い。きのこ」  そんな人がピンセットで、赤に白い水玉模様のガラス細工のきのこに楽しそうな顔をしてる。僕がこういうの好きだと思うって言って、エスコートしてくれる。 「うーん……案外難しいな」  とっても難しい顔。まるで六法全書でも読んでいるみたいな顔。なのに片手にカゴ、もう片方の手にはピンセット。きっと環さんの法律事務所に勤めているスタッフの人が見たら目を丸くしてしまいそう。 「ほら、雪も選べよ」 「……はい」  スーツじゃなくて、ラフな格好に、ビシッと整えた髪型じゃなくて、前髪を下ろして、無邪気に笑うなんて。 「こっちのも可愛いです」 「お、確かに」 「あれも可愛い」 「あぁ、いいな、それ」 「これもいいかも」 「お……って、お前、スノードームの大きさに入り切らないだろうが」  難しい案件だってこなしてしまう。どんな難事件にだって、凛々しい表情で立ち向かえる。そんな人が小さな小さな、わずか数センチのガラス細工にとっても困って、とっても悩んで、唸ってる姿なんて。 「うーん」  嬉しくて、楽しくて。 「お前もそれ全部、スノードームに入れる気か?」 「……無理、です?」 「無理だろ」 「えー……でも」  なんだかずっとここでこうして遊んでいたくなった。  出来上がったのは二つのスノードーム。環さんのは最初に可愛いと手にとったきのこがたくさん生えた中央にかわいい木が立っている、 「やっぱ、お前のセンスいいな」 「ありがとうございます」  僕のは、クマノミが可愛かったから、それを中心に置いて、海みたいに。海の中に雪が降るって楽しいかもって。 「わぁ……」  運転してもらっている横で待ちきれなくて、箱を開けてしまった。走っている車に降り注ぐ日差しがスノードームの中でふわりふわりって舞いながら落ちていくスノーフレークに反射して輝いていた。 「……気に入ったか?」 「とっても」 「ならよかった」  環さんは口元だけ笑っている。 「でも、なんか」 「?」 「こういうところ来たことなかったし。意外でした」 「そうか?」  お昼ご飯もそう。少し「わ!」って驚いてしまうようなワクワクがあって。 「お前、こういうの好きだろ」  こういうこと、環さんがしてくれる、なんて。 「何かを作ったりするの好きだと思ったんだ」 「……」  お昼ご飯も自分でちょっと作ってみるような。バーベキューもそうだった。自分で焼いて、その場でパクって食べて。このスノードームだって。 「いっつも澄ました顔してる雪があの庭で顔に土くっつけながら、花の世話してる時が楽しそうで」 「……」 「今、庭がないからな」 「……」  環さんと暮らすようになったから。僕が貰い受けて自分の好きに花を育てていた実家の庭は今、うちの専属庭師が引き継いで世話をしてくれている。 「あの顔、好きなんだよ」  視線は前を向きながら、手だけ僕へと伸ばして、そっと頬に触れた。指の関節のとこで、トン、って。 「楽しそうなお前を見るのが好きなんだ」 「……」  あぁ、もう、この人は。 「無邪気で可愛くて」  僕なんかをちゃんと見てくれている。 「環さん」 「?」 「ありがとうございます」 「何、改まって」  だって、そう思ったんだもの。貴方に見つけてもらえて、とても嬉しいんだもの。端で小さく咲いている雑草なんて愛でる人、そうそういないのに。  貴方が僕を愛でてくれる度に、このスノード―ムに降り積もる雪の結晶みたいに、僕の胸の中に、ほら、また。 「どういたしまして」  好きが降り積もって行く気がした。

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