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初旅行編 10 有能秘書は早くうちに帰りたい

 何かを作ったりするの、好きだった。  小学生の時、一番好きな授業は図工だった。でも、上条家の人間だからそれじゃダメかなって思って、いつも親戚が上条家に訪れた人に訊かれた時の他愛のない会話の中で学校の様子を訊かれた時なんかは「好きな教科は国語です」って答えてたっけ。算数よりも国語の方がいくらか成績が良かったから。  それから何かの世話したりするのも好きだった。  小学生の頃は飼育係になってみたくて、でも、人気のある係だったから「僕がやりたいです」なんて手をあげられなかった。  友達を上手に作れない僕は、放課後、誰かと遊ぶこともなく家の庭の水やりをしてた。  水やりは楽しかった。一日で何センチも葉を伸ばしてくれるわけでもないのに、葉の様子を眺めているとあっという間に時間が過ぎていってしまうくらい。 「……ん」  まだ、慣れない。寝起きの視界に飛び込んでくる環さんの寝顔。びっくりして、そして、じっと見つめてしまう。本物なのかなって。だって、こんなに無防備な寝顔なんて。仕事している時と全然違うんだもの。あどけなくて、隙だらけで。普段が完璧な人だからかな。好きに頬を触らせてくれるのも嬉しくて、つい――。  ――お前、こういうの好きだろ。  この人にはバレてたなんて。  ――違ってたか?  誰にもバレたことなかったのに。  ――作ったりするの好きだと思ったんだ。  知っていてもらえたなんて。 「んー……」  慌てて頬に触れていた手を引っ込めようとした。けれどその手はまだ眠っていそうな環さんにつかまえられ、そのまま懐へと引っ張り込まれる。 「まだ朝食には早いだろ。寝とけ」 「……」  すごく楽しい旅行だった。こんなにしてもらったら困るくらい。 「次……」 「?」 「陶芸とかも楽しそうだな……」  これ以上に素晴らしい思い出なんてもう二度と作れないだろうから、困るなって……。 「明日から仕事か……」 「はい」 「でも、お前はそれはそれで楽しいんだろうな」 「?」 「あいつの世話係、好きだろ?」  目は開けず、声も寝ぼけながら話してる。あいつの、世話係……それって、多分、兄のことだよね。 「人参でも土産に買ってこうぜ……あいつの飼育係……」  それを小さな小さな声で呟いてから、僕を抱き抱える環さんの腕が重みを増した。力を抜いて、そして、吐息が寝息に変わる。  また、眠っちゃった。  今度は僕を抱きかかえて。  僕は……案外、この旅行が終わってしまうの寂しくないんだ。だって、とても楽しかったけれど、貴方のこんな無防備な寝顔が見られるのが一番嬉しくて、その一番嬉しいことは毎日、毎朝、自分達のベッドで見れるから。それに。 「……」  それに、次は陶芸するって言ってたから。  こんな素敵な思い出をもらってしまってどうしようって思ったけれど、次も、環さんとどこか旅行行けるのなら、ちっとも困らないなって。そう思いながら、緩んでしまう口元を愛しい人の懐で丸まって隠しながら、もう一度、目を閉じた。  お土産、何にしようかなぁって考えながら。 「うわぁ、人参のドレッシング」 「えぇ、すごく美味しいし、身体にもいいらしいので」 「ありがとうございますっ!」  拓馬さんがにっこりと嬉しそうに、頬まで染めて、くしゃりと笑った。 「こちらこそ、ワインをありがとうございます」 「いえいえ。すごく忙しいのに敦之さんにたくさんお休みを」 「あぁ……いいんです」  僕も環さんと旅行に行けたし。 「たくさんんリフレッシュできたみたいで、帰ってきてからの花がとても好評なんです。先方から大絶賛。なので、また休暇作ります。旅行に付き合ってあげてください」 「! も、もちろんですっ、ありがとうございます!」 「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございます」 「あの……」  拓馬さんが、小さい声で呟いた。 「外、どうかしました?」  営業マン、だからなのかな。僕が僅かにそわそわしてるの、気がつかれてしまった。 「いえ、雨、降るのかなって」 「雨……」 「えぇ」 「大丈夫ですよ。夜遅くに降り出すって言ってました」 「そうなんですか?」 「お洗濯物、外に干してきちゃったんですか?」 「いえ」  そうか。雨、まだ夜まで降らないなら、大丈夫かな。 「雨が嫌いな子がいまして」 「?」  そこで腕時計で時間を確認した。そろそろこちらに来るはずですと伝えると、更に頬をピンク色にさせて嬉しそうにしてる。 「ほら」 「!」  そして、颯爽と現れた王子様のところへと、スーツ姿のシンデレラが、たくさん歩くから丈夫で壊れにくいものをと王子からもらった上等な革靴で駆け寄った。その姿に、今まで凛々しかったはずの王子がデレデレに顔を綻ばせて。 「……さて」  僕はこれから、まだ打ち合わせがあるから、少し帰りが遅くなっちゃう。  ――ごめんなさい。ベランダの端に出してきてしまいました。しまっておいていただけますか?  そうお願いをしたら。数分で「OK」と返事が来た。  ――けど。 「?」  僕らのお土産も買ってきたんだ。  ――早く帰ってこい。  旅行のお土産。環さんが見たいっていうから、挑戦。エレモフィラの紫色の花を。  ――はい。  僕も短く返事をして、その場を足早に移動した。あの人が待つ二人のうちへ少しでも早く帰れるように。早く帰ってこいと言ってくれたことに、緩んでしまいそうな口元をキュッと結んで。とっても優秀だと褒めてもらえる秘書の顔をしながら、急いで急いで、早く帰って貴方に可愛がられたいと、僕は仕事を片付けに向かった。

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