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助っ人さん、いらっしゃい編 2 春の風

 車で二時間。  そう遠くないけれど、往復で四時間というのはなかなか大変な距離だ。今日はそこで講演会に出席することになっていた。  さすが、上条家の当主。講演会の会場は満席。  その壇上には兄が生けた、国宝級の生花が力強く舞台を彩っている。 「最近の、ご活躍はものすごいものがありますね」 「そうですか? そう思っていただけるのは花の世界にいる人間としてとても光栄です」  どれだけ大勢の聴衆にも緊張することなく、朝早く、この講演会の前にも二つ、仕事をこなしているとはちっとも感じさせない、大輪の美しい花のようににこやかに笑ってる。  疲れ一つも見せずによくあんなに綺麗に笑顔が作れるものだ。  今日は朝からずっと、本当に息をつく暇もないほどの過密スケジュールなのに。 「私生活が充実しているからかもしれないです」  あぁ、もう。またそうやって隙あらば惚気て。  デレデレと。  今の部分、ただのインタビューならカットしてもらえるのに。  いくらパートナーがいると公言しているからって、どのインタビューにも逐一、いちいち、いっちいっち、毎度、惚気を挟まれたら、威厳も何もないのですが。 「おかげで仕事も頑張れるんですよ」  なんて、またにこやかに笑っている。  おかげで仕事を頑張ってくれるので、僕も比例して激務なのですが? とイヤミも言いたくなる。 「そうなんですね! それは素敵です」  ちっとも素敵じゃないんです。 「ちなみにどのような変化が」  例えば、急に、突然、アルバイト、をしたい、とか言い出してみたり。 「なるほどなるほど」  信じられますか? 突然、出張先から電話をかけて来たので、今日は日帰りだからちゃんと自宅には戻れますよって言ってやろうと思ってたら。  ――雪隆、アルバイトは急に始められるものなのかな。  ですよ。  はい? 上条家の当主っていう仕事があるのに、何、アルバイトって? って、頭の中がはてなマークで溢れ返った。本当に。  何言ってるんですか? って、ものすごく、ものすごおおおおく怪訝な顔で聞き返したら。  ――拓馬の勤め先に数日でかまわない、アルバイトでいいから働きたい。  とか言い出すんです。  イミガワカリマセン。シツレイシマス。って、電話を切ってしまおうかと思ったくらいに意味がわからない。  数日でかまわないって、その数日、ご自身の仕事に穴を空けられると思ってるんですか? 阿呆なのですか? アルバイトでいいからって、当然でしょう? 貴方、正社員になんて、なったらどうなると思ってるんですか? 上条家の当主ですけど? はい? 頭を豆腐の角にでもぶつけますか?  四月、というのは、新人研修もあるけれど、阿呆も出てくると言いますもんね。 「さすがですっ!」  兄の声は極力シャットアウトしていたからか、インタビュアーの方の声のみを聞き取っていた。 「ありがとうございます」  そう言って、またにこやかに笑っている。  綺麗な笑顔で。  その笑顔を見て、一つ溜め息をこぼして外に出た。まぁ、惚気は仕方ない。この後のことできっと兄の頭の中はふわふわに浮かれているのだろうから。それでもちゃんと講演の仕事は務めるだろうし。あの花、僕も見惚れるほどの出来栄えだったし。  拓馬さんに見せたいな、と笑顔で生けていた。そんな時の花は本当に生き生きとしていて、素晴らしいから。 「……ぁ」  時計を見ると、ちょうど、お昼だった。  なら、電話をかけても、多分大丈夫。 「……」 『もしもし?』  割と早く電話に出てくれた。きっと、そちらはお昼休憩、なんでしょうか。その声はふわりと柔らかくて、彼の人柄そのものが滲み出ている優しい声だった。 「お疲れ様です」 『お、お疲れ様です』  少し、彼の電話の向こうがざわついてる。 「今って、お昼です?」 『あ、はい』 「すみません。お昼休憩中に」 『いっいえ、全然』 「お仕事、どうですか?」 『え? 俺の仕事、ですか?』 「えぇ」  きっと電話の向こうで彼はとても不思議だと首を傾げているかもしれない。  まぁ、知らないのだから仕方がない。というか、そんなこと想像する人なんていないでしょう? 『えっと……まぁ、はい。忙しい、です。今月、年度末の棚卸しもあるので』 「そうですか。そうですよね」 『?』  不審、に思うだろうなぁ。  けれど、ちょっと、面白い、とも思った。  彼はすごく驚くだろう。兄が突然現れて、アルバイトです、なんて名乗ったら。アルバイト、なんてしたことないくせに。棚卸しなんて作業、したこともないくせに。できるんです? ちゃんと、お仕事。まぁできなかったら、上条家の経理担当の人に笑っていただこう。 「年度末の棚卸し、頑張ってください」 『? は、はい。ありがとう? ございます?』 「色々ご迷惑をおかけしますが」 『?』  ね。今まで、そんなことしたいなんて思ったこともなくせにね。  兄は貴方のこととなるとちょっと阿呆になってしまうんです。  あんなに怖がりで、あんなに臆病で、あんなに諦めていたくせに。 「それでは失礼します」  今の兄は、貴方のことを知りたいという気持ちがとても強くて、貴方のことがとても大好きなようで、なりふり構わずなんですよ。  おかしいでしょう?  なんでもできて、なんでも手に入れることができるだろう器を持っているのに。  貴方のこととなると走り回って、右往左往、一生懸命なんです。  そう思ったら、おかしくて、楽しくて。 「ふふ」  ちょっと頬に冷たい風でも当てないと、にやけてしまうと思って、外に出たけれど。電話を終えた僕の頬には春らしい柔らかな風が当たるばかりだった。

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