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助っ人さん、いらっしゃい編 5 変人がいっぱい

 兄はとても嬉しそうに、スキマバイトへと向かった。 「へぇ、本当にこんな場所に花屋があるんだな」 「……せっかくの三連休、ゆっくり休んでていいですよ? 僕に付き合うことなんてないのに」 「……いいや、こっちがいい」 「……」 「楽しみだ」  楽しいことなんてないです、そう呟くけれど、気にもしない環さんにちらりと視線を送った。  せっかくの休みに仕事、しかも、花屋なんて大変な仕事をする人なんてそうはいないんですって、心の中だけ呟いたけれど、ちっとも気にせず楽しそうに笑っている。  兄みたい。  兄も昨日、とても嬉しそうに帰って行った。きっと拓馬は驚くだろうと、まるで小学生の子どものように、ニコニコと笑顔で、昨日までのものすごい過密スケジュールなんて忘れてしまったかのように。もしくは、あのくらいの、超ハードスケジュールすら気にならない変人かのように。  そして――。 「えっと……あの」  ここにも一人。  変人が。 「こんにちは。今日から三日間、一緒に頑張らせてもらいます」  多忙を極める、敏腕弁護士。彼の名前のついた弁護士事務所には優秀な若手弁護士が三人。そのアシスタントは十人以上。難しい案件の弁護も笑顔で引き受け、しっかりと依頼人の権利を守ってくれるヒーローのような。 「成田環と言います」  変人が、ここにも。  はぁ、って溜め息は何度目だろう。  もぉ、って溜め息は「はぁ」よりもずっともっとたくさん吐いている。  普通、もう少し苛立つのではないかな。恋人とせっかくの三日間の休みで、行きたいとセッティングしていたホテルをキャンセルすることになったら。  もう少し、つまらなそうにするのでは? せっかく多忙な自分もそこで休みを取っておいたのに、恋人が他の用事をそこに入れてしまったら。  けれど、苛立つどころか、つまらなそうにするどころか、嬉しそうに笑ってるなんて。 「こ、こんにちは。私は、ここのお花屋さんをやってい祖母の手伝いで、えっと、心愛(ここあ)って言います。井上(いのうえ)心愛」 「よろしく」 「よ、よろしく、あの」 「すみません。彼は、その、僕のっ、えっと……とにかく、重いものを運んだりしてくれますから。それから、アルバイト代は僕だけでいいですっ、彼は勝手についてきたので」 「ぇ、けど」 「大丈夫だよ。俺はここに鑑賞のために来てるから」 「カンショウ?」 「あああああ、そうですっ、大丈夫です! それよりも、水揚げしないと」 「え?」 「環さんは、ここに並ぶお花を外に。心愛さんはこの辺りのお花を持って作業台に」 「は、はいっ」  水揚げ、も、それを仕事にしていないとわからないかもしれない。不思議な長身イケメン助っ人に困惑している心愛さんを連れ出すと、そのまま店の中にある花たちのところへ向かった。  まず最初に、切り口を新しくしなければいけない。  このままでは水の吸い上げが悪く、傷みが早くなってしまうから。  お花は水で生きてるのだから。悪い水もダメ。良い水でも吸い上げられなければダメ。 「この様子だと、市場も行ってないですよね」 「え? 市場? あ、そっか」 「大丈夫です。一緒に行きましょう」 「すみませんっ」  ふと、思い出した。 「……いえ、怒ってるのではないです。知らなかったのだから、しょうがないかと」  僕も幼い頃、よく謝っていた。  別に両親に咎められたわけではない。兄よりも才がないことを溜め息つかれたことなど一度もない。けれど、僕の中ではいつも「すみません」の一言が居座って離れなかった。  だって、僕では申し訳がないから。  花たちに。  僕では、兄のように、人を魅了する、感動してしまうような花にしてあげられないから。  ごめんなさい。  僕が活けてしまって。  すみません。  兄に活けてもらいたかったでしょう?  そんな言葉がいつも、あったんだ。 「じゃあ、この元気がなかった花は枯れちゃうからじゃないんですね……私のせいだったなんて……申し訳ないことしたなぁ」 「……」 「やっぱり、私じゃ……」 「しょんぼりしてる暇、ないですよ」  それは今も変わらないのだけれど。 「バケツの水を全部入れ替えるっていう仕事も朝のうちにしなければいけないんです。腰、痛めないように気をつけてくださいね」  けれど、今は少し、昔とは違っている。  確かに僕に活けられたお花は、兄に活けてもらえた花よりも、その素晴らしさを充分に発揮することはできないかもしれないけれど。その花を生き生きとしたものにしてあげたいという想いは大事にしてあげたいと思うようになった。  花が大好きだっていう、僕自身の気持ちを大事にしてあげられるようになった。 「ほら、手を止めない」 「は、はいっ」 「それが終わったら、今度は予約を確認してブーケを作ります。植木鉢の剪定もあるんです」 「はいっ」  だから、彼女の気持ちも大事にしてあげたいと思った。  おばあちゃんへの気持ち、この店への気持ち。お花が好きという気持ちを。 「あ! 環さん! こっち、お手伝いをお願いできますか?」 「あぁ」 「心愛さん、今度はそこのお花たちの水揚げ、してください」 「はいっ」  才がないから、ダメ、なんかじゃない。失敗してしまったから、残念なんかじゃない。  そう思えるようになった。

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