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助っ人さん、いらっしゃい編 6 リリーはへそ曲がり

「じゃあ、明日は六時にこちらに伺いますね」 「は、はいっ、ありがとうございます」  一日忙しく走り回ったせいで少しほつれてしまったポニーテールを跳ねさせながら、心愛さんが深くお辞儀をした。 「……戸締り、しっかりしてくださいね」 「はいっ、ありがとうございます」  一日の営業はどうにか終わった。  ふぅ、とひとつ呼吸をして、もうすっかり夜になってしまった中を環さんと並んで歩いている。 「疲れたでしょう?」 「全然」  花屋の仕事は基本「労働」だ。デスクワークなんてほんの少しで、基本はきつい水仕事と、寒さと、立ちっぱなし。温かいところではすぐに花が成長してしまうから、暖房もほとんど効かせられない。ブーケを作る時も接客する時も立ったまま。座れるのなんて、休憩の時くらいだろう。 「……」  変な人だ。  本当に今日一日、花屋の仕事をしていたのに笑ってる。  きっと彼の事務所の人間が通りかかったら驚いてしまうだろう。腰を抜かすかもしれない。 「明日は市場に行くのか」 「えぇ、なので、環さんはゆっくりしててください」  いつもは革靴なのに、今日はスニーカー。  普段は高級スーツに身を包んでいるのに、今日はラフな格好。  すごく優秀な弁護士なのに、今日はずっと立ちっぱなしの重労働。 「きっと疲れたと思うので」 「? 留守番なんてするわけないだろ」 「! あ、あのっ、市場ですよ?」 「市場か、行ったことないな」  なんで楽しそうなの? 別に楽しいことなんてないでしょう?  その時だった。  電話が――。 「? どうした? 電話、なんだろ?」 「…………」  相手は拓馬さんだ。  きっとこういうことだと思う。今日、兄が拓馬さんの職場にアルバイトで伺っているから、どうしてこんなことになっているんです? 敦之さんがうちの会社にいるんですけど! とか。  知りません。  兄みたいな変人の考えることなんてわかるわけがないでしょう? 「? 雪?」  日々、大変なお仕事をしてるのに。たったの三日休んだくらいじゃ治らないくらいに疲れてるでしょう?  兄はいいんです。あの人は。  けれど、環さんは――。 『雪っ、』  飛びつくように拓馬さんが電話に出た。 「只今、おかけになった電話番号は……」 『? 雪隆さん?』  知りません。 『あの』 「ご用件、ご質問、等は、当主、上条敦之へよろしくお願いいたします」 『ちょっ!』  あの変人兄のことは知りませんとそこで電話を切った。 「ご機嫌斜めか?」 「……別に」  兄のことは本当に知らないけれど、それじゃなくて、そのことで別に機嫌が悪くなったりはしない。僕もそれなりに大人なので、けれど、どうにも上手にコントロールできないことがひとつ。 「雪はよく行くのか? 市場」 「まぁ、たまには」 「へぇ」 「……別に、何も面白いものはないですよ」 「そうかもな」  その割には、ほら、楽しそうに笑っている。そして、僕の仏頂面はもっと可愛げがなくなっていく。 「手……大丈夫です?」 「あぁ、別にこのくらい」 「花屋の仕事は手荒れ必須なんです。ハンドクリームは必需品です。塗った方がいいですよ。ケア、ちゃんとしてください」 「……」 「ほら、手を出して」  素直に託してくれた手に、指に、丁寧に、クリームを塗り込んでいく。本当にちゃんと毎日ケアしないといけないから。アカギレになってしまってからは治すの大変だし。そもそも環さんの手をアカギレなんかにさせてしまうわけには絶対にいかないから。 「なんか、ムラムラするな」 「もう、何言ってるんですか」  からかって、イタズラを楽しんでいる環さんに、良くないのにどうしても。ちょっと仏頂面をしてしまう。 「今日は、お鍋にしましょう」 「あぁ」  それがいい。寒くて身体の芯まで冷えてしまっただろうから。  今、クリームを塗ってあげた手もひんやりと氷のように冷たかった。指先まで冷えていて、少し赤くなっていた。きっと僕のために手伝ってくれてるのでしょう? せっかくの休みなのに。  けれど、僕は少しだけ、内心で喜んでしまうんだ。  貴方がそばにいてくれると、それがどんな時でもどんなことでも嬉しくて。  手伝ってくれてありがとう、と言いたいのに、嬉しくなってしまう自分のことを叱りたくて、そんな自分を律したくて、どうしても顔が怒ったような顔になってしまった。 「あっ、あぁっ、ン」  甘い悲鳴を寝室に響かせて、深く、貴方のことを咥え込んだ。 「あぁっ」  自分の重さに手伝ってもらって、奥まで一気に、環さんのを飲み込んで、その熱に背中を反らせて、熱い溜め息を溢してる。 「っ、ン」  熱くて、奥からとろけてく。 「あ、環っ、さんっ……は、ダメ、動いちゃっ」  僕が動くの……貴方のこともっと。 「さっきのご機嫌斜めは直ったか?」 「べ、つに」 「明日も早いだろ」 「! あ、んんんっ、あぁっ、待っ」  ぐるりと大勢が入れ替わった。 「今日は、待っ」 「待たない」 「っ、あ、やぁっン」  そして、今度は抱き締められながら、奥深くに貴方が来てくれる。 「雪」 「あ、あっ、ダメっ」  どうしても、ダメ。 「あ、あ、イク、イッちゃうっ」  貴方のことが好きで、ずっと一緒にいたくて。貴方のことを一番に考えたいのに、何より大事にしたいのに、そばにいてくれると嬉しくて、こうして、喜びが滲み出て、ぎゅっと抱きついてしまうから。一緒にいてくれてありがとう、手伝ってくれてありがとう、嬉しいです。それが言えないこの口をぎゅっとへの字にしてしまう。 「あっ、イクっ」  天邪鬼な口をどうにかしたくて、優しく微笑んでくれる愛しい唇にぶつけるようにキスをした。 「あっ、環さんっ」  可愛げのない口で、愛しい名前なら、今なら快楽のせいにして、気持ちのままに呼べるからと何度もその名を呼んでいた。

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