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助っ人さん、いらっしゃい編 8 ただの花好き

「ラナンキュラスはとても大きくて華やかな上に花がまとまってるので使いやすいです。中心に主役にするラナンキュラスを置いて、その周りに、小さな花を置きましょうか。おばあさまは何色が好きです?」 「えっと、淡いピンクとか好きかなぁ」 「じゃあ、メインのラナンキュラスをその色にして、トルコ桔梗の白とピンクを添えるといいかもしれないですね」  なるほど! と言って心愛さんが表情を花のように明るくパッと輝かせた。  そろそろ店じまいの時間。このくらいの時間になると開けっぱなしの扉から冷たく、花が凍えてしまいそうな風が流れ込んでくる。 「あ、じゃあ、ここにあのかすみ草!」 「いいと思いますよ。レッドシーを入れるなら」 「じゃあじゃあ、トルコ桔梗は白が多い方がいいと思うんです」 「そうかもですね」 「ねっ!」  彼女が嬉しそうに頬をぷくっと膨らませて笑うと、絡まり合って取るのに苦労していたかすみ草をスッと三本、花瓶の中から引き抜いた。  きっと花に触れるのは慣れていたんだと思う。花束の作り方も上手だし、花の扱いも優しい。きっとあの日は突然入院してしまったおばあさまのことが心配で、気持ちに余裕がなかったのだと思う。 「上手です」 「! ありがとうございます! えへへ、褒められちゃった」  そう言ってはにかむところが拓馬さんに少し重なる。素直で、柔らかくて。  こういう人っていいなぁって、やっぱり思ってしまう。 「これなら明日からも大丈夫そうですね」 「はい! 本当にありがとうございます!」 「いえ……」  今日が三日目になる。  臨時のアルバイト。明日からはまた上条家の秘書としての仕事が待ち受けている。兄はあの後、連絡は取っていないけれど、どうだろう。楽しく、非日常を楽しんでいるのだろうか。  名残惜しいなんて言ってるのだろうか。  僕は――。 「雪」 「は、はいっ」 「これもう引くぞ」  ふと、考え事をしていた。声をかけられて顔を上げると、環さんが日中日差しを浴びるために外に置いていた大きなプランターを抱えていた。 「あ、はいっ。あの、僕も手伝います」 「大丈夫だ。そっちを片付けしててくれ」 「……すみません」  環さんのこんな姿を見るのも今日で終わり、だ。  いつも素敵なスーツ姿で颯爽と歩く彼がニットにラフなスタイルのパンツ姿。スニーカーを履いて、ニットは腕まくりをして。敏腕弁護士なのに。事務所のスタッフが見たら驚いて目を丸くするに違いない。 「……優しい恋人さんですね」 「! ぇっ」 「恋人、さん、ですよね?」  びっくり、した。でも、まぁ、気がつく、か。  心愛さんには知り合いで暇をしていたから一緒に働くとだけ言ってた。とくに恋人だとは言ってなくて。一緒についてくる時点で不思議な存在ではあるだろうけれど。 「いいなぁ、優しくて、かっこよくて」  そうでしょう? とても、かっこいいでしょう? スーツ姿なんて、見惚れてしまうくらいにかっこいいんだから。 「さりげなく優しいですよね。今みたいに、重たい物を自然と持ってくれるところとか」  だって、本当にモテるもの。幾人もの美しい女性が彼の虜になったくらい。 「いいないいなぁ」 「……」  普段の僕は、へそ曲がりだ。素直に気持ちのままに伝えたりはとても苦手で。笑顔もあまり上手じゃなくて、代わりに不機嫌顔をするのはとても得意で。  仕事ではいくらでも笑って「ありがとうございます」って言えるのに。  プライベートになると途端に上手に言えなくなる。  不器用で仕方がない。  いいなぁなんて言われても、そんなことないですよ、なんて可愛くないことは簡単にすぐに言葉にできてしまうようなへそ曲がり。  だけれど。  たったの三日間だけれど、ここにいるのは、いつもとちょっと違う僕だから。 「あげませんよ」 「!」  普段の上条家当主の秘書じゃなくて。不器用で仕方ない僕じゃなくて。  ここにいるのは花屋でアルバイトをしているただの花好き、だから。 「彼のこと」  そう本音を言ってみた。普段の僕なら、きっと、そうですね、なんてつまらないことを言っていたに違いないけれど。 「っ、っ、っ、んもおおお、知ってますよおおお!」 「ちょっ、肩、叩かないでください」 「んもおおおおっ! 可愛いです! 雪隆さんって、めちゃ可愛いです!」 「!」  いつもの僕なら、何言ってるんですか。可愛いわけないでしょう? って、不機嫌そうな顔をしているに違いないけれど。 「あ、りがとうございます」  ここにいるのは花好きにアルバイト、だから。 「本当にありがとうございました」 「いえ」  お店を閉め終わると、心愛さんが可愛いリボンをつけたポニーテールを弾ませながら、深くお辞儀をしてくれた。 「今日、この後、この花束持っておばあちゃんのお見舞い行ってきます」 「はい。喜ばれるといいですね」 「はいっ」  彼女がひまわりのように笑って。 「あ、これっ、三日間分のアルバイト代と、それと……」 「!」 「これ、雪隆さんに似合うなぁって思って。百合のブーケです」  大きな百合を一輪主役に持ってきた、小さなブーケを作ってくれた。 (次、結婚式のブーケご入用でしたら、ぜひ、任せてくださいっ)  そう言って、イタズラな笑顔を見せながら、可愛くウインクをしている彼女に。 「はい。ぜひ、その時はよろしくお願いします」  普段の僕ならきっと「何を言ってるんですか」なんて言ってただろうけれど。 「ありがとうございます」  ただの花好き、だから。  素直に笑って、素直に感謝の言葉を口にした。  嬉しいですって、素直に、環さんの隣で笑ってみた。

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