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助っ人さん、いらっしゃい編 11 夢
「はい。その件はそのまま、変更なしでお願いします」
ほら、三日も休んだから、今日は目が回りそうな忙しさになったでしょう?
「えぇ、それで良いです」
三日間の皺寄せがどっときている。
さっきからノンストップでそれを処理しているけれど。
「忙しそうだ」
隣に座っている兄が窓の外を流れる景色から、隣でずっとタイピングの音を立てている僕の方へと視線を向けた。
誰のせいです? そう、鋭い眼差しと圧で、無言のまま返事をしてみたけれど。兄は全く気にせず、嬉しそうに、また車の外へと視線を向けた。このハードスケジュールに付き合わされる方の身にもなっていただきたい。
おかげで今日は、運転手の方に全てを任せて、僕はずっとこんな感じに大忙しの一日になってしまった。
「でも、雪隆のことだから三日間にデスクワークをこなしてると思った。それを成田に止められて、でも、最低限のことは終えてる、と思ったんだが」
それは……。
「旅行に行ってたのか? その割には、土産を配ってる様子もないし」
もしも旅行に行っていたら、確かに僕はお土産をスタッフに配っていた。兄と僕が休んでいる間も上条家は企業として活動をしているのだから。お花の講師の皆さん、運営スタッフ、事務の方々へありがとうの労いに手土産の一つも買っていた。
「……旅行には行ってませんでしたよ」
「そうなのか? 成田のことだからきっと」
そう、あの人は僕のことを労おうと旅行を考えていてくれたけれど。
「……ちょっと」
「?」
ふと、見慣れた景色に顔を窓の外に向けた。
ここ、環さんの事務所の近くだ。
だってほら、あそこに。
「ちょっと、夢を叶えに」
両隣を高いビルに挟まれて、少し肩をすくめるようにしている小さな花屋さん。
「夢?」
「なんでもないです」
あ、ちゃんと水揚げ頑張ってるんだ。一人でやるのは少し大変だろうけれど。花は丁寧に適切な対応をしていたらちゃんと長くその美しい姿を見せてくれるから。
花屋として通り過ぎる通行人を晴れやかな気持ちにする。
卒業式。次のステージへと向かって羽ばたく学生へ応援の気持ちを込めて送る。
入院先で少しでも気持ちが明るくなるようにと願いを込める。
花屋になったら、それができる。
「僕の夢は上条家の更なる発展ですよ」
兄の花は感動を与えてくれる。
生きる勇気も与えられる気がする、力強く、活力に溢れ、見た者の気持ちに、目に、ずっと残る花を活ける。花はいつかは枯れてしまうものだけれど、兄の花はずっと残る。見た人の心に。
ここにいる僕はその手伝いができる。
ずっと心の中で生き続ける花を届ける手伝い。それはとても素晴らしくて、僕にとっては夢のような仕事だ。
「そのためにも当主には馬車馬のように働いてもらわないといけません」
どちらも僕にとって素晴らしい仕事で。
どちらでも僕は幸せだと思えただろう。
「それは……怖いな」
「はい。怖いですよ。明日のスケジュールをお伝えしますね」
兄は少し眉を吊り上げてから、小さく笑った。
きっと兄もこの三日間を楽しく過ごしたのだろう。今日も分刻み、ぎゅうぎゅうに詰め込まれて、息をつく暇もないくらいに忙しいはずなのに終始ご機嫌だった。
「この後はホテルで仕事です」
「あぁ」
「高層階に控室を用意していただきましたので」
「へぇ」
「そちらの控え室でエッセイの方の執筆もお願いします。それから原稿のチェックが二本。私の方で、書き換えていただきたい表現をいくつか見つけたのでその修正もお願いします」
「わかった」
ほら、嬉しそうに窓の外へ顔を向けて微笑んでいる。
それは昔の、拓馬さんと出会う前には見たこともないような穏やかで満ち足りている笑顔だ。よっぽど楽しかったのだろう。
「…………当主、辞めたいとか言い出すかと思いました」
「え? 俺が?」
「えぇ」
三日間、拓馬さんの隣で一緒に仕事をして、楽しかったのだと思う。兄の拓馬さんへの溺愛っぷりはすごいから。また突拍子もないこと、仕事を辞めてしまいたいなんて言い出しかねないほど、楽しそうだったから。
「言わないよ」
ちょっと、意外だった。
「拓馬が俺の花をとても綺麗だと褒めてくれるから」
それはまるで百点満点を取ったことを褒められて、大喜びしている子どものような笑顔だった。
「っぷ」
「? 雪隆?」
「いえ……当主は単純ですね」
「なんだ、随分な悪口だ」
「いえ、褒めてるんです」
あんなに小難しい顔しかしていなかった、ずっと迷子のように顔を顰めて溜め息ばかりだった人が、今では万年春のように笑っている。
まるで花のように。
「あ、そうだ。拓馬が今度、また四人でまた食事がしたいと言っていた」
「承知しました」
「一日目は大変だったよ」
「?」
「雪隆に電話をしても繋がらないしって」
あぁ、そういえば留守番電話のフリをして意地悪をしてしまったっけ。
「驚きすぎて、面白い声を出してた」
「それは、そうでしょう。突然、中小企業に上条家当主が現れるんですから」
「あはは。だから、いろいろ話したいらしい」
「個室、準備しておきますね」
「あぁ」
少ししたら予定も通常の忙しさ程度に戻るから、その辺りにしよう。
僕も落ち着いたら、少し顔を出してみようか。小さな花屋へ。
「……」
ほら、これからは花がたくさん咲き始める春だから。きっとあの店先も春爛漫の艶やかな花が溢れるように並んでいるだろう。おばあちゃんが退院した頃、ちょっとお見舞いも兼ねて。
また、行ってみようと、清々しい青空を車の中から見上げた。
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