9 / 20
※第5話 ②
周囲にある城やらお貴族様の邸宅に目眩ましさせられてしまうが、この家もなかなかどうして広い。二階だけでも客室は10室近く、恐らくはこう言った歓待に度々用いられているのだろう。扉の鍵をかけたり、寝椅子へ掛けられたシーツを剥いだりする手間すら惜しみ、束の間の情事に耽る男女を何組も見かけた。
彼らに触発された訳でも無いだろうが、セブもどう言うわけか白く分厚い扉を完全に閉めようとはしなかった。細く開いた隙間に目を向け、「おい」と抗議しかけたアリの唇は、すかさず塞がれる。アルコールはくにゅりと可愛いあひるを思わせるセブの唇を柔らかく濡らし、よく動く舌にじゅんわりした苦みを与える。
思わず仰け反った上半身は、両の二の腕を掴む手のおかげで後ろへ倒れず済んだ。その力強さに安堵したのか、あるいは飲み込まされた唾液に混じるアルコールで酔ったのか、靴の下で分厚いトルコ絨毯が、濃い色の床板ごと波打って感じる。
軽く探索するようにアリの口腔内を舌で撫でつつくと、セブはすぐさま顔を離した。へへっと照れ笑いをこぼし、鼻先同士を擦り付ける。
「そうやって、生まれたばっかりの小蛇みたいなまん丸い目で見られたらさ。くらくら来ちまう」
思わず拭き出し、アリはセブにぎゅっと抱きついた。
「客にすらそんな酷い罵られ方したことないよ」
「罵る? 誉めてんだって、じいっと見つめれられて、うっかり顔を近付けたら毒の牙でがぶっと」
「はいはい、もう黙って」
舌先で唇のあわいを擽り、軽く歯を立てる甘ったるいキスを繰り返しながら、靴を床に落とし、シャツを脱ぎ捨てる。その間ずっと、2人はくすくす笑い合っていた。そんな関係は貴重だ。金を受け取り笑顔を浮かべる必要があるのはホテルへ入るまで。そこから先であまりにやにやしていたら、相手の機嫌を損ねてしまう。例え腹が捩れそうなことを要求されたとしても。
セブの癖として、相手が上半身の服を脱ぐと、肋骨の段差を辿って指でつつっと撫で下ろした後、脇腹を両手でぎゅっと掴もうとするのがある。耐えられないほどではないが、その力は少し痛みを感じるくらいには強い。相手を支配せんと必死になっているようにも思えたし、あるいは自らの手の中のものが逃げ去ることを恐れているようにも。
そんな稚気を帯びた仕草が可愛くて、アリはいつでもセブの顔を両手で捕らえ、唇を重ねる。すぐさま伸びてきた舌も、喜んで迎え入れてやった。大した技巧ではないが、好奇心の旺盛な愛撫をセブはこなす。ぶつかり合った彼の尖った糸切り歯は、獲物へ食らいつこうとする獰猛さ。反射的に閉じかけた顎へも臆することなく舌先は潜り込み、上の前歯の裏をずるっと撫でられる。
「あ、」
思わず短い喘ぎを漏らせば、間髪入れず唾液を啜られ、背中がぞくそくとした震えを帯びる。いつの間にか、腰を握りしめていた右手が外れ、尾てい骨の付け根を擦っているのも堪らない。ぶるりと痙攣した尻を押さえ込もうと悪戯好きの指はジーンズの履き口から滑り込み、豊満な肉がたわむ勢いで食い込んだ。
「いいから、ベッドへ行こう」
「おう……」
明らかに興奮で滑舌を鈍らせながら、セブはぐるりと辺りを見回した。
「ここ、ほんとに客室かよ。ミンダさんの書斎じゃないだろうな」
疑いたくなるのも分からないではない程、この部屋の本棚は大きい。栗色のカーテンが掛けられたアルコーヴを挟み、壁一面に白く頑丈な松板の棚が取り付けられている。ぎっしりと詰められた書物にペーパーバックは一冊もない。これらも大方ほかの家具と同じく、この建物を購入したときの代金に含まれていたのだろう。
「彼の書斎は一階。もっと趣味が悪い。ルネサンス的って言うのか、シャンデリアにやたらと重たげなカーテンって感じの」
「ふうん。この辺りの土地って高いんだろ。やっぱりすごい金持ちなんだな」
「金で品格は買えないよ」
「お前、嫌にあの人へ突っかかるよなあ。クロードのことを抜きにしても」
これ以上繰り言を聞いているのも馬鹿らしく、アリは解けかけたセブの腕を掴み直した。昼下がりの情事に天蓋付きの寝台は大仰過ぎる。傍らの寝椅子で、差し込む陽の光と外の歓声を浴びながら、夏の嵐を堪能したい。
大人しく引っ立てられていたセブの歩みは2歩で止まる。小枝の折れる音を聞きつけた鹿よろしく、はっとドアを振り返った。靴や服を拾い上げると、アリが問いかける暇も与えずアルコーヴへ駆け込む。
乱暴に引かれたカーテンの揺れが収まりもしないうちに、扉が開け放たれる。小鳥のような笑い声にふさわしく、駆け込んでくる足音は軽やかだった。
「お邪魔した? そこにいるの?」
歌うような口調が近付いてきたときには思わず息を詰めたが、幸いすぐさま呼び止められる声により、足音は止まる。
「邪魔してやるのは野暮だろう」
「それもそうか。じゃ、そっちはそっちで楽しんで。私達はベッドを使わせて貰うね」
「ったく、驚かせやがるぜ」
セブがにじり寄ることで、詰め物の固くなったビロードの座面が擦れるような音を立てる。
「奴の相手、あの金髪ちゃんか」
「さあ、よく見えない」
ほんの僅かに開いたカーテンの合わせ目から垣間見えるのは、ウーヴェの姿だけ。いや、すぐさまその逞しい躯へ、少女の体が軽く爪先立ちながら枝垂れ掛かる。優しく抱き寄せながら、ウーヴェは応えた。映画の中のように、情熱的でありながらどこか現実感を伴わない接吻だった。頬を押しつけ覗いていたセブが、鼻を鳴らす。
アリは無視して、埃っぽい布地へとますます前のめりになった。少女の優しげな瞳の潤み、火照った頬は芝居ではない。その手のことについて、彼はこの場の誰よりも熟知している自信があった。
そして本気になっていると言えば、ウーヴェもそうなのだ。彼女の腰を抱えたまま、耳元で何事か囁く。よほど甘い言葉なのか、放つ彼の口元も、柔らかく笑みを刻んでいる。少女は可憐に喉を震わせながら、男の頬へ細い手でそっと触れた。
「それ、この国の言葉でJe t'aimeって意味?」
『愛してる』は、彼の国の言葉でどう発声するのだろう。知りたいという強烈な欲求が胸の内で突き上がる。こんなことなら、難しいとか駄々をこねず勉強しておけば良かった。後悔はぐるぐると腹の奥でとぐろを巻く。
睦まじい姿はすぐさま視界から消えた。豪奢な寝台が軋み、歓声が絡み合う。分厚い絹は音を遮断し、聞こえてくるものといえば微かな衣擦れの音、彼女の官能的な嬌声ばかりだった。
「ああ、ウーヴェ、ね、それして、たくさんよ……」
ねだる声はすぐさま意味のない母音の羅列へと移り変わった。口で愛されているのかとすぐに察する。あの無骨そうな男が、娼婦相手にそんなことをしてやるなんて、心底意外だった。
切なげな喘ぎは簡単に想像させる。美しく反り返る細い体躯。彼女のすっきりした腹へ額を押し当て、繊細に唇を使うウーヴェ。
自らの下腹も、ぎゅうっと搾るような痛みを感じるまでに、時間は掛からない。太腿へ乗せられていたセブの手を掴むと、一番疼く場所へ押し当てさせる。彼の掌が熱いのか、自らの身体が冷たくなっているのかは分からない。恐らくは前者なのだろう。荒げた息を隠すこともしないまま、セブは耳を軽く噛んだ。腹筋を軽く圧すと、そのまま手を上へと滑らせる。ぷつりと立ち上がった乳首へ爪を立てて掻かれ、上半身にびりりと電流が走った。
「聞こえるぞ」
そう口にしてから、すぐさま「いや、別に構やしないのか」などと恐ろしいことを抜かすものだから、慌てて首を振る。
まるで太陽が色を失ってしまったかのように、アルコーヴを満たす日差しは白い。2人の熱が上がるに連れ、狭い空間はまるで温室じみてくる。息をするのも億劫だ。
肩の高さにある窓を見上げながら、アリは抜けるような空を仰いだ。あぐらを掻いたセブの膝の上に乗り上げ、彼の癖毛を愛撫しながら……恐らくウーヴェならば、あの女の子の桜貝へ絶対にしてみせないだろう強さで、セブは乳首に歯を立てる。まるで加減を知らない子猫だ。弄る熱くなった耳に、アリは卑屈さすら交えた懇願を吹き込んだ。
「もっと気持ちよくしてくれよ」
尻でジーンズの前立てをごりっと押し潰す。確かな固さを感じ取ることが出来るのに、的確なところへ擦り付けることが出来ず、心底もどかしい。うずうずと腰を揺するアリのジーンズへ手をかけ、セブはスナップを外し、ファスナーを下ろす。そこまでやってやりながら、最も望んでいる場所には触れようとしないのだ。
下着越しにこちょこちょと亀頭の付け根を遊ばれて、アリは小さく肩を跳ねさせた。してやったりと言わんばかりに、見上げてくるセブはにんまり顔。やって欲しいなら、同じものを与えろと訴えかける。くそっ、と内心吐き捨て、アリは腕を伸ばした。
掴み出した性器はもう少し育ててやる必要がありそうだった。セブの繊細な骨組みの手が後頭部に回ったので、軽く首を振り、流れてきた掌に唇で触れ、思わせぶりに目配せすることで避ける。くわえてやるのが一番手っ取り早いのは分かっていたが、今は何となくしたくない気分だった。
そのままどっかりと腰を据え直し、二人分のペニスをまとめて扱いた。セブが加わろうとしてきたら手で払い落とす。途端、情けなく訴えてくる眇めた目に、思わず笑いを噛み殺した。
自分の一番好きなところを知っているのは自分でしかない。裏筋を親指と人差し指の先で摘んで滑らせ、括れまで来たら縊って潰す。それで気分が出てきたら、ようやく相手のものにも構ってやる――たぶたぶとぶつかる睾丸の薄い皮膚や、熱い性器の熱だけでも、セブも十分煽り立てられていたようだったが。
両手を総動員して擦り立て、時には尻まで揺らしていたら、我慢出来なくなったのだろう。セブのちょっかいは以前にも増して加減がなくなってきた。二の腕へ刻印を連ねるように一直線に吸いつく延長で、見えやすいシャツの襟元ぎりぎりの場所に鬱血を与える。文字通り指をくわえる子供の要領で中指を舐めしゃぶっていたかと思うと、そのままデニムに突っ込む。
アリが軽く腰を浮かせてやれば、長い指は簡単にお目当ての場所を見つけた。軽く引っ掻かれただけで、アナルがむずむずし始める。今手にしているものを早く納めてしまいたくて堪らない。
「痛かった?」
「ううん、そうじゃない」
まず腸液の滲んだ括約筋を指の腹が滑り、続いて固い爪先の感触を感じ取る。気遣わしげなウーヴェの問いかけに、娘は答えた。苦しげな息は、肉体の火照りをねじ伏せようとしているのか、心が苦痛を訴えているのか、判別が付かない。
「ごめん、貴方は悪くない。でもやっぱり無理。お金を貰ったならともかく……パパとママンに申し訳が立たないし、それに……」
「いいんだ、ハヤ」
「パパとママンはポーランド帰りなの」
「分かるよ。俺の親父も10歳の頃、ソ連の奴らに片脚を潰されたんだ」
重たげな身じろぎの音がしばらく止まったと思ったら、彼女は酷いものを飲み込まされようとしているかの如く、薄い抑揚で答えた。
「貴方、優しいのね」
「けっ、要するに、あいつのアナコンダ級のモノにびびっちまったんだろ」
ぐっぐっと指を奥へ進ませ、汗ばむ胸乳に顔を埋めながら、セブが嘯いた。
「泣かせるねえ、ドイツ男とユダヤ娘の恋」
「なんにせよ、あそこで、止めるのは、えらいよ」
「じゃ、俺もここで我慢してみようか」
「馬鹿、分かってるくせに」
べろっと犬のように舐めたり、歯で強く噛んだり、胸へのいたずらで手の動きは疎かになるばかりだった。降参の証に汚れた手で彼の頬を捕らえ、宥めのキスを与えようと俯く。
彼女が去っていく気配にも気付かなければ、彼がこちらへ近付いてくる足音も聞こえなかった。引き毟る勢いで開かれたカーテンの奥を確認したとき、ウーヴェの目にそこまでの動揺は見られない。
「野暮だぜ、ウーヴェ」
思わず抱きついたアリの背中をするっと撫でるセブの声は、ひやりとするほど不機嫌な色を帯びていた。
「可愛い女の子だったらどうすんだ」
「部屋の床にアリのシャツが落ちてた」
思わず舌を出したのは、肩口に埋めた顔のおかげで誰にも見られなかったはずだ。けれどセブはますます剥きになって腕の中の存在を突き放すと、床に足を投げ出した。
「それがどうしたってんだ。混ざりたいのかよ」
そのままジーンズを戻して立ち上がり、まだ足腰がしゃんとしていないアリを肩へと担ぐまでの動きは、あらかじめ決められていたかのように淀みなかった。慌てて背中を叩いたが、しなやかな筋肉はびくともしない。薄暗い寝台の上へ放り投げられ、舞い上がる埃にくしゃみを数度連発したせいで、悪態を付くことさえ許されなかった。
「何もしないつもりなら、そこで膝抱えてるか、尻尾巻いて失せな。おまえと違って、俺には美人が待ってるんだよ」
睨み合う視線を先に外したのはセブだった。お前の存在なんか鼻にも引っかけませんよと言う態度は、逆に本心を表す。これみよがしにアリへ覆い被さり、愛撫を再会する。
予想に反して、ウーヴェは部屋を出て行こうとしなかった。セブが顎で示した、古い精神科にありそうな長椅子へ乱暴に腰を落とすと、書き物机の上に置いてあったビールへ手を伸ばす。
鼻を鳴らして唇を笑みで捻じ曲げると、セブはすぐさまずり落ちていたアリのジーンズを引き抜いた。間髪入れずに脚の間へ潜り込んだと思ったら、一番敏感な場所へと顔を埋めてしまう。
彼がこの愛撫を施そうとするのは初めてな気がする。そそくさ閉じていこうとしていたアナルですら、突然潜り込んできた柔らかく濡れた物体に驚いて、一瞬頑なになった。ぬめりに押し切られて受け入れた後はすぐさま、皺のおうとつを無くそうとする強引な動きに、膝が笑う。内股がさっと粟立つ。
やたらと大きい羽毛枕を踵で精一杯蹴り飛ばしながら、アリは視線の先へ必死に焦点を絞ろうとした。瓶を煽るウーヴェは、寝台から決して目を離すことがない。ついさっきまで、自らが女の子と抱き合っていた場所を――彼のよすがを探そうと、手繰り寄せたシーツに顔を埋める。かび臭いだけで失望は大きく、それも結局は快楽へと飲み込まれていく。
「あ、あぁ……んっ、や、そこ」
当たり前だが、気持ちいいことは嫌いではない。くちくちとはしたない水音で耳が燃えそうになる。必死に身体をのたくらせていたら、太腿を巻き付けた両腕で押さえつけられた。まるで下半身が実体を失い、電撃のように流れる刺激そのものになってしまったかのようだ。くいと舌を持ち上げられて、ぶよぶよとした腸壁を撓ませられると、腹の奥が切なくてどうしようもなくなる。
「セブ、セブ、すごく、気持ちいい…はぁ、あ、んん……も、だめ」
あの糾弾するような、どんよりと穢れたような青い瞳と見つめ合っていたいのに、気付けば視線を逸らしてしまう、目を閉じてしまう。羽ばたく動きで、ひんやりしたシーツを滑らせていた右腕を、頭上へと伸ばす。指先からすっと血の気が引いて感じたのは、軽い絶頂を覚えたからだ。きゅう、きゅうと断続的な直腸の痙攣は更に大きな波の予兆でしかない。歪に開いたアナルの周りは今や唾液や腸液でしとどに濡れている。
「ぁ、ぁあっ」
ひくつく腹筋に合わせて、完全に勃ち上がった性器から濁った液体が小さく吹き出す。それが幹を伝って繁みで固まる前に、薄く凍ったような指先へ熱が戻る前に、セブは一気に腰を押し込んだ。
まだまだ奥まで慣らし足りないが、この際どうでもいい。埋めることが重要なのだ。ぶわっと一気に四肢の末端へ逆流する血潮。鈴口からだらだらと流れ落ちる精液は止めどない。
セブが食い縛った歯の隙間から短い息をつき、うねる内臓をやり過ごすのに十数秒。最後に垂らしていた頭を反らすと、投げ出されていたアリの脚を抱え直す。
「アリ、綺麗なアリ」
睦言は愛情たっぷりに聞こえて、思わず肩が小刻みに震える。固く瞼を引き下ろし、唇を引き結んだままそっぽを向けば、セブは興奮して身を屈めた。うーっと小さく唸りながらますます顔を逸らすのは逆効果で、敏感になった耳を舐めしゃぶられる。ぴちゃぴちゃと小さな水音が内耳を擽り、体が熱い。触れ合う側からずるりと滑る肌に、お互いの汗が匂い立つ。
「なあ、ウーヴェのあの目つき見てみろよ。お前を犯したくて堪らないって顔してる」
思わず見開いた視界は涙でぼやけていたから、何度も拳で擦らなければならない。ウーヴェはまだ寝椅子にいた。まるで新聞のクロスワードを開き、どうしても分からない単語へ遭遇してしまったかのような顔は、常と変わらないように思える。行儀悪く座面へ乗り上げさせた脚で支える頬杖は、倦怠の中で鋭さを失っていない。
「本当はやりたくてやりたくて仕方ないのに。お前の気持ちいいここに」
ぐっと親指で臍の真上を押さえられ息を飲むことで、吹き込まれる声はことさらくっきりと脳へ届けられる。
「でっかいモノを、みっちりと挿れてさ。腹が破けそうになるまで突きまくるんだ……お前なら、気に入ると思うよ」
陽の当たらない場所で、ウーヴェのまなこは人形の如く動きを見せない。この部屋に入って彼を見つけてからずっと。怒りや失望という分かりやすいものだったら、どれだけ良かっただろう。けれど負の感情を湛えたその瞳の奥について正確に理解しようとするならば、もっと真剣に、時間をかけて考えなければならない。それはアリにとって、今一番不可能なことだった。
一際窄まった場所を無理にこじ開けておきながら、セブは腰を引く。声すら出せずぞくぞくと身を震わせるアリをあまたず見届けながら。途中、雁首で膨れ上がった前立腺を引っかけられ、アリは足先を跳ねさせた。セブも括れを刺激する痼りが気持ちよかったのか、そこばかり集中的に狙いを定めた。鋭利に反響する快感は、一度味わえばもっと、もっとと欲しくなる。
「あ、っ、あっ、あ゛ーっ! セ、ブ、そこ!」
穴が開きそうなほど強くシーツを掴み締め、揺さぶる動きを懸命に煽る。ぼろぼろ溢れ出る涙が汗に混ざり合い、発火しそうな頬を伝った。
視界の明滅は快楽の濃度に直結する。あまり同じ場所ばかり摩擦されて、腸が破れるのではと怖くなってきた頃、腰の動きはようやく大きくなった。せいぜい腹の辺りまでで留まっていた気持ちよさが、かき混ぜられることで身体の隅々まで行き渡る。酒よりも、薬よりも、何よりも飛べる刺激。全身がくまなく熱を持ち、自分のものではなくなったように感じた。
こんな自らをウーヴェに堪能して欲しいと心から思う。例え友達でも、いや、だからこそ、いい目を見て欲しい。真心こめて親切にしてやる心積もりなのに、どうして彼は受け取ってくれないのだろう。
この考えは酷く理不尽だと頭では理解しているが、今や脳は生存に最低限の機能以外を停止しつつある。力のない手を股間へと伸ばし、アリは最後へと向かった。新たな刺激で蠕動にまた複雑さが加わったのか、セブの額から熱い汗が滴り、胸元へぽつりと落ちる。
腹の中での快感が強過ぎるときはいつでもそうだが、性器は少し柔らかくなり、射精の勢いも緩くなる。ちょろりと飛び出した白濁は臍のくぼみへと溜まり、体内へと染み込んでいくかのようだった。そして皮膚一枚隔てた場所では、勢いの良い熱が。
「ぁ、ぁー」
濡れる感覚に思わず小さく声を漏らす。この辺りになると、肉体が熱暴走を起こしているのだろう。自分ではしっかり意識を保っているつもりなのだが、ところどころ記憶の欠落が発生したりする。今も気付けば、ウーヴェは姿を消していた。
放心し、ぼんやりと見上げているアリの頬を、セブは軽く叩いた。
「お前、見られて興奮してただろ。このスケベ野郎」
辛辣な物言いほどに機嫌は損ねていないようで、はしゃいだ声と共に、セブは寝台で尻を弾ませた。彼が手にしている安いスパニッシュ・ワインの瓶は、一体いつの間に持ち込まれたのだろう。先に何口か含んで、浮いていたコルクかすを吐き捨ててから、アリに突きつける。
「それにしても、なんであいつはお前と寝たがらないかね、勿体ない」
「女性が好きなんだろう。婚約者がいたくらいだし」
「いや、あいつは男ともやるさ」
ほんの一口分減って戻ってきた瓶を勢いよく傾け、喉は潤ったはずなのに、セブの声はまだ掠れて聞こえた。
これまで疑問に思っていたことを訪ねるのは良い機会だ。ごろりとその場で寝返りを打って腕に顎を埋めると、アリは射精後の緩んだセブの顔へ上目を突き刺した。
「僕に彼と寝て欲しい?」
「うーん、寝て欲しいと言うか」
セブは視線を、自らが出したもので濡れた尻の狭間や太腿に這わせた。靴下履きの爪先で軽く尻をつつく真似すらしてみせたものだ。揺れた豊満な肉に、飲み口と前歯がぶつかり合い、かちりと音を立てる。
「いや……やっぱり妬いちまうかもな」
素直な宣告は気分がいい。そのまま匍匐前進の動きでにじり寄ると、アリはまだ微かに芯を持ったセブの性器を口に含んだ。
「もうこのまま、お開きの時間までずっとここにいようぜ」
「だめ。これが終わったら帰る」
「何でだよお」
早速上擦り始めた声へは、さほど愉快さを感じない。顎の裏に擦り付けていた亀頭を舌で押し出し、アリは言った。
「ウーヴェが独りぼっちで、可哀想だ」
反論はいくらでも思いついたろうに、再び覆い被さる肉の快感にどうでも良くなったのか、セブはそれっきり口を閉じた。そしてアリも、口にした瞬間まで思ってもいなかった見解を、真剣に信じ始める自らへ気付いていた。
ともだちにシェアしよう!