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手負いの虎②

「だってお前、手負いのトラみたいだったぞ。陸が気にするから、あそこに置いたままで行けないだろ」 「手負いて」  吹き出すように清虎が笑った。混み合う車内で二人の会話が聞きとれず、陸はもどかしそうに身を乗り出す。哲治はチラリと陸を見てから小声で話を続けた。 「陸が余計な気を回したんだろうってことは、大体想像がつく。けど、あの場面でお前が怒ったのは、さっぱりわかんねぇ。何で忘れ物なんて嘘ついてまで引き返そうとしたんだよ」 「それは、まぁ」  その先が気になって仕方ない陸が、背伸びしながら耳を近づけようとするので清虎が口篭もる。その様子を見て、哲治が陸の両耳を塞いだ。ジタバタもがく陸に苦笑いしながら、清虎は観念したように小さな声でぽつりとこぼした。 「陸がお前に対して、あまりにも鈍感で無神経やったから。何でかな、ごっつイラっとしてもうた」 「は。俺のために怒ったの? 清虎って思ったより良い奴だな」 「『思ったより』ってなんやねん。それにお前のためだけちゃうで。一ヵ月しかおらん俺が、幼馴染の仲を裂いたらあかんやろ」  清虎の言葉に、哲治は口の端をほんの少しだけ上げた。無意識に陸の耳を塞ぐ手に力が込もる。 「なるほど。一応、身の程はわきまえてるんだな。お前に異分子って自覚があって良かったよ。陸はお前に興味持ったみたいだけど、いなくなる時は陸の中に何も残さず綺麗に消えろよ」 「異分子。いけずな言い方やなぁ、そんなん俺が一番わかっとるわ。……安心せぇ、上手に消えてやるから。そんなことより、そろそろ陸が限界なんとちゃう?」  清虎が「どうすんの?」と言わんばかりに哲治に目配せした。  哲治はいつの間にか大人しくなっていた陸の耳からそっと両手を外し、顔色を伺う。涙目の陸の口は、見事にへの字に曲がっていた。 「ご、ごめん。ついムキになって。除け者にしたわけじゃねーよ」 「ううん。いいよ、大丈夫。多分、俺が何か間違えちゃったんだろうから」  寂し気に眉を寄せた陸は、学校最寄りの停留所に到着するなり無言でバスを降りた。陸の反応が予想外だった哲治と清虎は、顔を見合わせ焦りながら後を追う。清虎が陸の肩を抱いて、乱暴に頭を撫でた。 「陸、そない悲しそうな顔すなって。ごめんな、俺が勝手に腹立てただけやから、陸は気にせんでええんやで」 「どうして嘘吐くの。ちゃんと怒ってよ。俺は誰に何を謝っていいのか解んないじゃん。何を間違えたのか教えてくれなきゃ、また清虎と哲治を傷つけちゃう。そんなの嫌なのに」  笑って誤魔化そうとした清虎の言葉を、陸の真剣な眼差しが跳ねのける。清虎が息を呑んで怯んだのが解った。次の言葉が出ず、陸の肩に回した腕を力なく落とす。哲治は清虎に撫でられてぐしゃぐしゃになった髪を整えてやりながら、ゆっくりと陸に語り掛けた。 「清虎は、自分が俺と陸の間に割り込むのは申し訳ないから、身を引きたいんだって。陸は何も悪くないよ。心配しないで」 「え、何それ。清虎、本当?」  肝心の「哲治の想いに鈍感な陸に苛立った」と言う部分は上手く隠されてしまったが、そんな事を知る由もない陸は潤んだ目で清虎を見上げる。清虎が「うん」と静かに頷いた。

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