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全部、自転車の揺れのせい③
人影のない仲見世通りを、二人を乗せた自転車が静かに進む。店先に吊るされた電球が橙色の光を放ち、本堂まで続く道を淡く照らしていた。
「凄いな。この世に俺たち二人だけしかいないみたいだ」
清虎が、独り言のように小さく呟く。
喉の奥がぎゅっと詰まって苦しくなった陸は、思わずぽつりとこぼした。
「今がずっと続けばいいのに」
まるで返事の代わりのように、清虎は陸の腰に回した腕に力を込めた。
あの角を曲がれば、もう劇場に着いてしまう。
清虎は陸の肩に頭を乗せたまま、一言も喋らなかった。陸も声を発することが出来ず、ただペダルを漕ぎ続ける。きっと今何か喋ったら、泣くのを我慢していることを知られてしまう。
陸は劇場の裏手に自転車を停め、大きく息を吐いて呼吸を整えた。
ここなら街灯も届かないので、涙をこらえた赤い目にも気づかれなくて済むだろう。
「着いたよ」
声が震えないように気を付けながら、なかなか顔を上げない清虎に告げた。
「ん」
短く返事をした清虎が、ゆっくりと体を起こして自転車を降りる。温もりを引き剥がされ、清虎を失った背中が急激に冷えていく。それは怖い夢にうなされて目覚めた、真夜中の温度に似ていた。
「腹いっぱいで自転車に揺られたら、眠たくなってしもた」
目を擦りながら清虎が、あははと大袈裟に笑う。
「陸、送ってくれてありがとう。気を付けて帰ってな」
「うん。清虎は稽古頑張ってね」
「おう」
別れの挨拶が済んだのに、陸も清虎もその場から動けずにいた。姿が見えなくなるまで見送りたいと、お互い同じことを考えたのかもしれない。
「ええよ、陸、もう行って。遅くなったらあかんのやろ」
「清虎こそ。稽古早く行かなきゃ」
「せやな……じゃあ、せーので帰ろ」
「うん、わかった」
清虎の「せーの」という合図で同時に背を向けた。
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