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全部、自転車の揺れのせい④

 後ろ髪を引かれるとは、こういう時に使うのだろう。ノロノロと自転車を漕ぎだしたものの、陸は未練がましく振り返った。同じようなタイミングで清虎が階段の途中で足を止めたのが見えて、思わずブレーキをかける。  暗くて表情までは良く見えないが、こちらを向いた清虎と目が合ったような気がした。 「陸? どないしたん?」  清虎も、まさか陸が自分のことを見ていたと思わなかったのだろう。驚いたように問いかける。 「清虎っ」  静まり返った路地裏で、陸の声は思った以上に良く響いた。名前を呼んだはいいが、続く言葉が出てこない。  言いたいことならたくさんあった。  転校した後もまた会いたいとか、せめて電話して欲しいとか、「俺のこと忘れないで」、とか。  ただ、何を言っても困らせてしまいそうで口をつぐむ。 「陸?」  陸の様子がおかしいと思ったのか、清虎が階段を降りてきそうな気配がして慌てて「大丈夫」と取り繕った。  そしてふと、思い付いたことを口にする。 「あのさ、運動会の当日は、またここで待ち合わせして一緒に行きたい」 「ここで? バス停じゃなく?」 「うん。ダメかな」 「駄目って事はないけど。俺、来週は水曜も学校に行けるよ。その時はええの? 運動会の日だけなん?」  関西弁と標準語が入り混じった清虎は、戸惑っているようだった。陸は少し考えてから「うん」と答える。何度もここで待ち合わせたら、また哲治が不機嫌になるかもしれない。 「運動会の日だけで大丈夫」 「わかった。ほな、当日はここで待っとるわ」 「ありがと。じゃあ、水曜に学校で」 「ああ、またな。……最後の日に一緒に行けるの、嬉しいわ。ありがとう」  最後の日と聞いて、胸が張り裂けそうになる。まだ先だと深く考えないようにしていた未来が、もうすぐそこまで迫っていた。 「うん」  たったそれだけの短い言葉なのに、震えているのが自分でもわかった。  今度こそ振り返らずに、自転車のペダルを強く踏みこむ。大きく息を吸い込むと、かすかに残る夏の匂いと、それを消し去ろうとする秋の匂いが同時にせめぎあってむせそうだった。  見上げた空が揺れている。  ぼたぼた雫が頬を伝って、ああ、涙で景色が歪んでいるのかと、自分が泣いていることにようやく気が付いた。

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