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全部、自転車の揺れのせい⑤
「兄ちゃん、今、ちょっといい? お願いがあるんだけど」
陸は家に着くなり部屋には戻らず、一階の店舗に顔を出した。閉店時間を過ぎた店内には兄しかおらず、陸は好都合だと思いながらそばへ寄る。カフェスペースのキッチンで明日の準備をしていた兄は、首を傾げながら陸を見た。
「いいけど、何か買って欲しい物でもあるの?」
「違うよ。弁当の作り方教えて欲しいの。運動会の日に、友達に渡したくて」
「友達って、まさか哲治に?」
「ううん。哲治じゃない」
「だよな、あの家の弁当に敵う訳ないからビビった。そっか、友達に弁当をねぇ。その理由って、今お前の泣き腫らした目と関係してる?」
そう言われた陸は、思わず両手で目元を覆った。すぐに気付かれてしまうほど赤くなっているのだろうか。恥ずかしさに耐えきれず、陸は兄にくるりと背を向ける。
「もういい。やっぱ成海兄 には頼まない」
八つ当たりとも言える陸の態度に、兄の成海は苦笑いした。
「ごめん、ごめん。もうからかわないから機嫌直せって。お弁当の作り方教えて欲しいって? いいよ。当日に陸が作るんじゃ絶対間に合わないだろうから、前日に作り置きできるメニューにしようか」
「うん、ありがと兄ちゃん」
成海は明日の仕込みをしながら、陸に「卵焼きは入れる?」「唐揚げは陸には難しいよ」などと、笑顔でアドバイスをくれる。
「でも珍しいね、陸が哲治以外の子に何かしたいと思うなんて」
「そうかな。そんなことないと思うけど」
「まぁ、ちょっと手を貸すくらいならあっただろうけどさ。事前から準備して運動会当日は弁当作る為に早起きするなんて、そんなレベルで世話を焼くの、哲治にだってしたことないじゃん」
言われてみたらそうかもしれないと、少しだけ納得しながら頷いた。塾で使うノートの最後のページに、成海の提案してくれたメニューを書き込んでいく。
「よっぽど特別な子なんだね」
陸はノートから顔を上げ、成海と視線を合わせた。自分の中にあったもやもやした感情が、少しだけ形を持ったような気がする。
「そうだね、特別なのかな。よくわかんないけど、一緒にいると、いつも泣きそうになる」
「そっか……うん。じゃあ、その子と陸のために、腕によりをかけて弁当のおかず考えないとな」
成海は笑いながら陸の髪をくしゃっと撫でた。
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