「兄ちゃんが料理できる人で良かった」 　陸が尊敬の眼差しを向けると、成海も弟に頼られて嬉しいのか、得意気に鼻を掻いた。 　老朽化の進んだ店舗の改装話が出た時に、カフェスペースを併設しようと言い出したのは成海だった。日本茶の茶葉しか置いていない店では、観光客の足を止めるのは難しいと判断したのだろう。 　カフェを任せて欲しいと志願した成海は、大学に通いながら専門学校の夜間部に通い、調理師免許まで取得した。大学卒業後は本格的に家業を手伝い、日本茶に合うスイーツを日々研究しては店で提供している。最近では度々情報誌にも取り上げられるようになっていた。 　そんな成海に手伝って貰えるのは、料理未経験の陸にとって有難い。母を頼ればきっと、根掘り葉掘り事情を聞かれて面倒臭くなりそうだ。 「ちゃんと母さんに『弁当は自分で作る』って言っておけよ。じゃないと、母さんも準備しちゃうだろうから」 　面倒臭くなりそうと思った矢先に成海から釘を刺され、陸は渋い顔をする。それと同時に鞄の中から、携帯電話の呼び出し音が聞こえて来た。 「あれ、哲治からだ。どうしたんだろ」 　忘れ物でもしたかなと出てみると、不機嫌そうな声がした。 『陸、今どこにいるの。俺のメールは見た？』 「え、メール？　ごめん、まだ見てない。もう家にいるよ」 『家に着いたら連絡してって何回もメールしたのに。本当に家にいる？　まだ清虎と一緒にいない？』 「清虎はいないよ、家だってば。今、兄ちゃんと……」 　そこで一旦言葉を区切る。弁当の事は伏せた方が良いような気がした。 「新作のスイーツの試食してた」 『本当に？　なら、成海兄ぃに代わって』 「ええっ？　いいけどさ。哲治、どうしたの。何かヘン。……ちょっと待って、兄ちゃんに代わるから」 「え、俺？」 　戸惑う成海に、「弁当は内緒」とジェスチャーを送りながら陸が電話を手渡した。 「哲治、どうしたの。え、うん。ああ、そうだね。もうずいぶん前に陸は帰ってきてたよ。本当だってば。うん、そう、味見して貰ってたの。ああ、わかったわかった、言っておくよ」 　哲治に何か言われたのか、うんざりした表情の成海に電話を戻された。それを受け取った陸は、「ほらね」と得意気に告げる。 「ちゃんと家にいるでしょ。何で疑うの」 『じゃあ、今度から家に帰ったら直ぐ俺にメールして。どんな時も』 「どんな時も……って？」 『学校から帰った時も、塾から帰った時も、それ以外でも出かけた時は必ず、ってこと』 　なんで？　という言葉を陸は飲み込んだ。きっと心配してくれているだけだ。そうに違いない。 「……うん、わかった」 　左手にある携帯電話が、やけに重たく感じる。通話を切った後でなぜか息苦しくなり、無意識に喉をさすっていた。