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◆第二幕 月に叢雲、花に風◆ *第九話* 穏やかな独裁者
「陸!」
塾に着くなり、待ち構えていたように哲治に声を掛けられた。昨日の電話が頭をかすめ、少しだけ体が強張る。
「陸、テストの勉強ちゃんとした? あ、また寝癖ついたままだよ」
笑顔の哲治を見て「機嫌が良さそうだ」と、ホッとしている自分に気が付いた。いつから哲治の顔色を伺うようになってしまったのだろう。
「宿題で手いっぱいで、テスト勉強まで出来なかった」
「そっか。昨日は成海にぃの手伝いもしてたみたいだしね。新作はどうだった?」
「新作?」
試すような哲治の目を見てハッとする。昨日「新作の試食」と嘘を吐いたことを思い出し、慌てて取り繕った。
「ああ、うん。まだ内緒。完成したら、哲治も食べにおいでよ」
「そう。じゃあ、楽しみにしておく」
いつもと変わらない他愛のない会話のはずなのに、何もかも見透かされているような気がして目を逸らしたくなる。
「陸くん、哲治、おはよー。なんか模擬テスト多くて嫌になるね。いよいよ受験生ってカンジ」
「あ。遠藤さん、おはよ。うん、テスト多くて嫌だよね」
哲治の背後から現れた遠藤の明るい声に、張り詰めた空気が緩むのを感じた。塾まで一緒でたまにうんざりすることもあったが、こんな時は救われる。
「いよいよ来週は運動会だね。清虎くん、次はいつ来れるんだろう。二人とも聞いてない? 本番の前に、もう一回応援練習したいなぁ」
さぁ。と興味無さそうに哲治はそっぽを向いたが、陸は清虎との別れ際に聞いた言葉を思い出す。
「清虎、水曜日には学校来るって言ってたよ」
「水曜日来れるんだ、良かったぁ。陸くんありがと。じゃ、またね。テスト頑張ろうね!」
必要な情報を得られて満足したのか、遠藤はまた別の友人の元へ移動して行った。陸は離れていく遠藤から視線を戻し、哲治を見上げてギクリとする。目には明らかに不満の色が滲んでいた。
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