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穏やかな独裁者③

 頭に血が上ったままの状態で、テスト開始の合図を聞いた。志望校を書き込む欄を見て、陸は一瞬動きを止める。少し考え込んだ後、いつもは書かない校名ばかりを記入した。それは「同じ高校へ行こう」と提案した哲治への、最上級の反抗になるだろう。  幼稚園に入る前からずっと一緒にいたのに、初めて見た残忍な部分。「仲良くしたって無駄」と言い捨てた哲治の、冷たい表情を思い出す。ここ最近の言動も含めて、まるで知らない人のように思える瞬間が幾度かあった。  今まで何の疑問も持たず哲治の言う通りに過ごしてきたが、本当にそれで良いのだろうか。思考停止は楽だが、危ういような気がしてくる。  陸の中で小さな波紋が、徐々に外側へ向かって広がっていった。  ぐるぐるとネガティブな思考が頭を巡り、そのせいで模試の出来は最悪だった。ろくに集中できず、数学などは時間切れで、最後の大問にすらたどり着けない有様だ。  結果が戻ってくるのが恐ろしいと思いながら、テストを終えた陸はぐったりと机に突っ伏す。  疲れ果てて動く気にもなれなかったが、周りの生徒たちが退出していく気配を感じ、陸は渋々体を起こした。教室内を見回してもすでに哲治の姿はなく、ホッとしたような、気まずいような、複雑な気持ちになる。言い争った状態のまま週明けまで顔を合わさないのは、さすがに居心地が悪い。  それでも、自分から歩み寄る気にはどうしてもなれなかった。  哲治の放った言葉が再び耳の奥で繰り返される。その声を掻き消すように、陸は頭を振って立ち上がった。もう教室には誰も残っておらず、鞄を背負って塾を後にする。  重い足取りで向かった駐輪場で、哲治の姿を見つけてハッと息を呑んだ。陸の自転車の横で、うなだれたまま地面を無表情で見つめている。  立ち尽くす陸の気配に気づいた哲治が顔を上げた。その表情は心細そうで、陸に歩み寄るとすがり付くように両肩に手を置く。 「陸。さっきは言い過ぎた、ごめん。やっぱりこのままじゃ帰れないと思って、待ってたんだ」 「そっか。うん、悪いと思ってくれたんなら、良かったよ」  哲治にそう返しながらも、「でも、あれが本心なんじゃないの」と考えてしまう。何だか哲治の顔をまっすぐに見るのが怖かった。  わだかまりが解けて安心したのか、哲治から悲壮感が消えていく。 「陸、テストはちゃんと出来た? この前の判定はBだったでしょ。今回はA判定だと良いね」 「ああ……。俺、志望校に別の学校書いたから、前回とは比較できないや」 「は? 何でそんなことしたの」  肩に置かれた哲治の手に、グッと力が入る。陸は痛みに顔を歪めた。 「痛いよ哲治。何でって、なんとなく。他にも興味ある学校あったし」 「校名教えて。俺もそこに変えるから」 「何でだよ。お互い自分の気に入った学校を選べばいいじゃん。ムリに合わせなくたってさ」 「俺は陸と同じ学校に行きたいんだよ」  爪が食い込むほど強く肩を掴まれ、陸は哲治の胸を押し戻そうともがいた。

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