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*第十話* 難儀やなぁ

 絶好の運動会日和だった。  陸は二人分の弁当が入ったカバンを大事そうに抱えながら、清虎が待つ劇場に向かう。かなり早起きしたにもかかわらず、高揚感のおかげで少しも眠気は感じなかった。  清虎は既に待ち合わせ場所にいて、陸に気付くと嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら手を振る。陸も手を振り返して駆け寄った。  今日で最後。  油断するとその単語が頭をよぎる。陸はその度、無理やり感情を奥の方に押し込めて蓋をした。 「おはよ」  上手く笑えているだろうか。朝から泣き顔は見せたくない。 「おはようさん。よお晴れて、ホンマ良かったなぁ。あ、そうだ。陸、ちょっとコンビニ寄ってええか」  歩き始めた清虎が、劇場のすぐ横にあるコンビニを指さした。弁当を買うつもりなら早く渡した方が良いと考え、陸は慌てて清虎を呼び止める。 「あの、清虎。勝手なことしてごめんね。実は、清虎の分のお弁当、作ってきたんだ」  いざとなると緊張してしまい、陸は肩にかけたスクールバッグをぐっと抱きしめた。  喜んでくれるだろうか。もしかしたら、余計なことをするなと怒られるかもしれない。 「え、俺の分? 陸の母さんが作ってくれたの?」 「ううん。兄貴に教えて貰って、俺が自分で作った」 「陸が? マジで?」  思わず足を止めた清虎の声が、驚き過ぎて裏返った。陸は頷きながら、大判のハンカチで包んだ弁当を差し出す。それを両手で受け取った清虎は、包みをじっと見つめたまま固まった。陸はハラハラしながら清虎の表情を伺うが、大きく目を開いているだけで、全く感情が読み取れない。 ――嫌だったのかな。それとも、ただ驚いているだけなのかな。  沈黙に耐えきれず、陸はオロオロしながら「あのね」と口を開く。 「清虎の苦手な食べ物とかあったら、本当にごめん。お弁当に入れたのはね、たまご……」 「待って陸。弁当の中身、言わないで!」  手のひらを前に突き出して、陸の言葉を遮った。弁当を抱えた清虎は、俯いたまま顔を上げない。 「俺、本当はこんな風に布に包まれて中身が見えない弁当、めっちゃ憧れてたんだよね。何が入ってるんだろうって、わくわくしながら包みをほどいて弁当箱の蓋開けるの。だから、凄く嬉しい。……ほんと、ありがとう」  清虎は乱暴に目元を拭ってから顔を上げたが、長い睫毛が少し濡れていた。 「喜んでもらえて、良かった」  ホッとしたのともらい泣きで、陸の目からも大粒の涙が落ちる。清虎が慌てて陸の頬を押さえた。 「わぁ、陸まで泣かんといて! 二人で目ぇ赤くして行ったら、哲治がびっくりしてまうやろ」 「うん。そうだよね」  これ以上泣いてしまわないように、奥歯を噛んで頷いた。

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