37 / 164
誰よりも特別②
たかが運動会の百メートル走で、こんなに血が滾 るなんて。
いや、「たかが」じゃないな。陸は自身の思考をすぐに取り消す。清虎にとってはきっと、最初で最後の運動会になるだろう。それを抜きにしたって、自分にとっても中学最後の運動会だ。
今日を勝って終わらせたい。
スターターピストルの合図と同時に飛び出した。歓声が塊となって背中を押してくれる。前に倒していた上半身を徐々に起こし、一気に加速していった。
視界の端に自分と並ぶ影が映り、トップスピードに乗った陸は、引き離したくて歯を食いしばる。それでも振り切ることが出来ず、むしろ追い抜かれそうになって気が焦った。
「陸!」
嵐のような大歓声の中、確かに清虎の声を聞いた。矢のように真っ直ぐ飛んで来た声が、陸の体を貫く。その瞬間、陸の頭の中で重い鉄製の足枷が粉々に砕けるイメージが沸いた。
気付くと目の端に映っていたライバルの姿は消え失せ、陸はトップでゴールを駆け抜けていた。弾む息のまま応援席を振り返ると、清虎が両手の拳を突き上げて、嬉しそうに飛び跳ねている。
『よっぽど特別な子なんだね』
兄の言葉が脳裏に蘇った。
あの時はよくわからないと答えたが、今なら迷わず言い切れる。清虎は、誰よりも特別だ。あんな土壇場に、声を聞いただけで自分でも信じられない力を発揮してしまう程に。
「陸、凄かったなぁ! 競り勝って、めっちゃカッコ良かったで。俺、あないに興奮したんは初めてかもしれん」
応援席に戻った陸に向かって、清虎が早口でまくし立てた。余程熱心に応援していたのか、清虎の頬は紅潮し、瞳が僅かに潤んでいる。
走り終えたばかりで気持ちが昂ったままの陸は、思わず清虎の首に両手を回して抱きついた。驚きのせいか、清虎の体が強張る。
「陸?」
「清虎の声、聞こえたよ。だから俺、勝てたんだ」
清虎の肩に顔を埋めたまま陸が告げる。「そっか」と耳元で嬉しそうに返事をした後、清虎が陸の背中を優しくぽんぽんと叩いた。
「あっ、陸だけズルい! 俺も頑張ったから清虎にヨシヨシされたい」
「俺も俺も」
百メートル走を終えた他のクラスメイト達が清虎に群がって、あっという間に団子状態になった。中心にいた陸まで一緒に抱きしめられて、思わず笑い声をあげる。
「あははは。超暑苦しい」
「ちょぉ、陸が潰れてまうやろ。お前らちょっと加減せぇや」
陸の体を支えながら、清虎も笑った。
「おいおい、怪我する前に止めとけよ。ほら、飯食いに教室戻るぞ」
呆れたように哲治が声を掛けると、クラスメイト達は空腹を思い出したようで、「腹減った」と口々に言いながら清虎と陸から離れていく。
「大丈夫?」
哲治が気遣わし気に陸の髪を撫でる。それから清虎に視線を移し、ため息を吐いた。
「お前も団長なんだから、応援合戦の前に怪我すんなよ」
「なんや、優しいな。俺は平気やで。それより、早う戻って弁当食お」
校舎に向かって駆け出した清虎が、早く早くと二人を急かした。
ともだちにシェアしよう!