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*第十二話* 終わりの日

 袴姿で闊歩(かっぽ)する清虎は、まるで凛々しい若武者のようだった。何も持っていないはずの右手に、刀が握られているような気さえする。  廊下で立ち話をしていた生徒らが、清虎を見て思わず道を開けた。気圧(けお)されながらもその目には、確かに賛美の念が込められている。  カリスマ性とは、こういうことを言うのだろうか。  そんな事を考えながら、清虎の動きに合わせてなびく長いハチマキに目をやった。うっすら土埃で汚れているのは、練習の時から身に着けていたからだ。それはこの一カ月、清虎が確かにここに居たと言う証のようにも思えた。 「ねえ清虎。ハチマキ交換しようよ」 「ハチマキ?」 「そう」  言葉にした後、なんだか急に照れくさくなって「別に無理にとは言わないけど」と付け加える。  ハチマキ交換は、運動会の影のイベントでもあった。  カップルはもちろん、片想いの相手からハチマキを貰うために告白すると言う恒例が、大昔から続いている。   最近では仲の良い友達同士で交換することも増えたが、いずれにせよ、自分にとって大切な人だと白状するのに等しい。  清虎は深い意味には取らないだろうが、それでも気恥ずかしくて頬が熱くなった。 「俺は……」  清虎が躊躇いがちに口を開く。言葉を選んでいるのか、ぽつりぽつりと迷いながら話し出した。 「俺は、陸のハチマキ欲しい。だから、交換しよ。でもな、多分、哲治も陸に交換しよ言うやんか。そしたら俺のあげたハチマキ黙って渡してな。陸のはもう俺に渡したとか、余計なコト言わんでええからな」 「嫌だよ。俺だって清虎のハチマキ、想い出に持ってたいのに」 「可愛いコト言うやんけ。でもなぁ、ホンマ頼むで、陸」  冗談めかしながらも、真剣な面持ちだった。 「清虎は哲治に気を使い過ぎじゃないの」 「本音言うたら、気ぃ使(つこ)てる訳ちゃうねん。アイツが自棄になって陸に何かしたらと思うと、怖くて仕方ないだけや」  今朝も似たようなことを言っていたなと思い出す。これ以上駄々をこねればハチマキ交換自体を断られそうで、陸は渋々承知した。 「わかった。もし哲治に交換を持ちかけられたら、余計なこと言わずに素直に渡すよ」 「うん。おおきに」  互いにハチマキを解いて手渡し、改めて自分の額に締め直した。自然と顔を見合わせて、ふっと小さな声で笑う。  校庭には既に、パラパラと応援団員が集まり始めていた。清虎の袴姿を見つけると、他チームの生徒らまでもが黄色い声を上げる。  そんな歓声とは別に、「先輩!」と焦りの混じった声が聞こえてそちらに目をやった。二年生の応援団員が、落ち着かない様子で口を開く。 「青組の奴らが、普通にやったんじゃ清虎先輩に敵わないからって、ギター演奏で対抗するみたいです。アンプ通して大音量で。あいつらズルいですよ!」  切羽詰まった下級生とは対照的に、清虎は口の端を上げてニヤリと笑った。 「ほぉ。おもろいやんけ」

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