42 / 164
終わりの日③
それは問答無用で押さえつけてくる青組からのプレッシャーを、勢いよく跳ね返すような雄叫びだった。
突然上がった威勢の良い声に気を取られ、ギターの音がピタリと止んだ。放送委員がその機を待っていたかのように、マイクを通して午後の部がもうじき始まると告げる。
興を削がれたのか準備のためか、そのまま青組は練習を終了させた。尖った音の消えたグラウンドには、昼下がりの気怠く平和な空気が流れ始める。
やがて午後のプログラムがスタートし、トップバッターである赤組がグラウンドの中央に移動を始めた。委縮してしまっているのが遠目でも解る。円陣を組み掛け声をかけたが全く揃わず、かえって空回りした印象を与えてしまった。
「飲まれちゃってるね」
陸は気の毒そうに眺めたが、他人事ではない。清虎が叱咤して断ち切ってくれなければ、白組も同じような結果になっていのだから。
「持ち直せるとええな」
視線をグラウンドの中央に向けたまま、清虎は憂いに満ちた表情を浮かべる。
元々応援合戦は、単なる余興だった。休憩を挟んで緩み切った緊張感を引き締め、気合を入れ直すための意味合いが強く、そのため応援の出来が各組の得点に反映されることはない。
それでも、比べられればどこの組より秀でていたいと思うのは、人の性 だろう。いつの頃からか、応援合戦単独での勝敗が付くようになり、それに伴って応援団の発表も年々過熱していった。
「応援団決めの時は、来たばっかの俺を団長に推すくらいやから、みんなやる気ないんかと思ったわ。実際はめっちゃアツイねんな」
「まぁ、何だかんだ言って祭好き多いしね。三社祭の宮出しなんか、前歯や肋骨折ることもあるくらい本気になるよ。だからさ、みんなちゃんと、清虎が団長なら勝てると思って選んだんだよ。面倒を押し付けたわけじゃないからね」
清虎が、照れくさそうに一瞬だけ目を伏せる。
結局赤組は立て直せないまま発表を終え、逆に勢いづいた青組は、チアリーディングを取り入れた華やかな演舞を見せつけた。流行歌を奏でるギターの音色と相まって、見る者たちを魅了する。
「青組の後にやる白組は可哀想に。やり難いだろうね」
そんな声がどこかから聞こえて来たが、陸たちが狼狽える事はもうなかった。清虎の言葉がお守りとなって、強い心を保たせてくれる。
青組の演舞の興奮が冷めやらぬまま、白組の準備を促すアナウンスが流れた。グラウンドの中央へ向かおうとした団員たちを、清虎が手招きで呼び寄せる。それから応援席を振り返り、応援団以外の生徒らに向かって笑いかけた。
「今から行ってくるけど、俺たちの背中、ここで支えてな。頼りにしとるで」
急に声を掛けられた一般の生徒らは、初めはキョトンとしたまま固まっていた。けれども清虎の放った言葉の意味を理解すると、徐々に誇らしそうな表情へ変わっていく。
「よっしゃ。折角やし皆で声出して行こか。お前ら全員応援団やで。ええか、腹から声出せよ」
清虎が応援席を左から右へ、ぐるっと指さす。
「行くぞ!」
清虎の号令に応えた白組全員の声が、地鳴りのように響いた。「お前ら最高や」と笑いながら駆け出した清虎の後を、陸は興奮気味に追いかける。青一色だった空気を、清虎の白が塗り替えていくのがハッキリ見えた。
ともだちにシェアしよう!