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痛みを感じないで済む場所②
「そっか、意地悪か」
哲治は寂しそうに笑ったが、腕を離す気はなさそうだった。陸の手の中にあった清虎のハチマキを、優しく、それでいて有無を言わさず奪っていく。
「ごめん。これ貰うね。多分……明日からはもっと冷静になれると思う」
明日から。
陸は胸が締め付けられる思いで目を伏せた。「何で」と思わず聞いてしまったが、哲治も「わからない」と答えたきり喋らない。俯いたまま、どちらからともなく応援席へ向かって歩き出す。
「陸は……」
哲治が抑え気味な低い声でぽつりと言った。
「陸は清虎に対して無防備過ぎると思う」
「無防備って、どういうこと。友達になりたいって思うの、そんなに駄目なの」
「そうじゃなくて」
気持が伝わらないことがもどかしいのか、哲治は苛立ったように頭を掻いた。
「アイツの本性なんてわかんないだろ。たった一ヵ月しかいないんだから、どんなキャラにだってなれる。ましてやアイツは役者だ。綺麗な部分しか見せないで、陸を利用してるだけかもしれない」
「利用なんてされてない」
「弁当作ってやっただろ」
「あれは、俺がしたくてやっただけだ。清虎に言われたんじゃないよ」
陸は立ち止まり、哲治を睨んだ。陸を見返す哲治の瞳は、微かに憐みの色が滲んでいる。
「だから、そういう風に仕向けるのも清虎にとっては朝飯前なんだって。清虎のこと知ってるつもりでも、何も知らないだろ。清虎の出身地は? 兄弟は? 好きな食べ物は? 誕生日は? どれか一つでも答えられる? アイツは陸の理想の友達を、ただ演じてるだけかもしれないよ」
「そんなこと……」
強く否定できない自分に、陸自身が戸惑う。
理想を演じていると言われ、陸の足元がぐにゃりと歪んだような気がした。
清虎は確かに言っていた。
綺麗な想い出として残る転校生の役を演じていると。
「違う。そんなんじゃない」
哲治の言う「演じる」とは訳が違う。
自分に言い聞かせるように「違う」と何度も声に出した。清虎を信じたいのに、哲治の言葉が心の奥の方にまで根を張る。そうして少しずつ浸食され、いつも気付くと思考を奪われているのだ。
「陸、顔色が悪いよ。何か思い当たることがあるんじゃないの」
「ないよ。これ以上、つまんないこと言うな」
その根を引きちぎるように哲治から離れた。足早に応援席へ向かい、クラスメイトの輪の中に混ざる。一年生のリレーはいつの間にかアンカーまでバトンが渡っていた。赤組と白組が競っていて、陸はモヤモヤした気持ちを発散させるように大きな声で声援を送る。
「あ、清虎だ」
クラスメイトの声を聞き、陸はグラウンドに清虎の姿を探した。道着を脱いで体操服に戻った清虎が、遠藤と並んで歩いている。随分と会話が弾んでいるのか、二人の距離は近かった。
「あいつら仲良いよな。付き合ってるんだろ?」
「えっ、なにそれ」
驚いた陸が聞き返す。陸が好奇心から興味を持ったと勘違いしたクラスメイトは、「噂だけどさ」と前置きした後、興奮気味に続けた。
「遠藤が猛アタックしてたのはみんな知ってるだろ? で、清虎がほだされたらしいよ。毎年応援団の中でカップル誕生するし、今年もかぁって感じだよな」
何も言えない陸をよそに、また別のクラスメイトが会話に加わる。
「あ、俺もその噂聞いた。でもさ、あの二人が一緒にいるところあんまり見たことなくない?」
「いや、でも遠藤はかなり劇場に通ってたらしいよ。公演の後に会ってたんじゃないの。いいなぁ、俺もカノジョ欲しい」
他愛のないただの雑談に、なぜこうも心が掻き乱されるのかわからない。
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