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◆第三幕 同窓会◆ *第十五話* 大人になった今でも

 時が経てば傷は癒えると言うが、一体どれほど待てばいいのだろう。大人になった今でさえ、痛みは少しも和らぐことはない。  今でも鮮明に思い出せる。彼の表情も、声も言葉も、全部。  目の前に置かれたビールを眺めながら、陸は長い溜め息を吐いた。冷えたジョッキに水滴が伝い、カウンターに小さな水溜まりができている。水が染み込んだ木目の天板はそこだけ色が濃く変わっていて、何だか落とし穴のように見えてきた。  引きずり込まれそうな気がした陸は、濡れたグラスと天板をおしぼりで拭い、憂鬱な気分ごとビールを喉に流し込む。手っ取り早く酔っぱらって脳を麻痺させ、余計なことは考えずに今日もさっさと寝よう。 「何か作ろうか。今なら手も空いてるし、メニューにない料理でもいいよ」 「うーん。じゃあ、お茶漬け貰おうかなぁ」 「そんなんでいいの? お前、昼もちゃんと飯食ってる?」 「食べてるよ」  ゼリー飲料だけど。とは口に出さなかった。  陸は何となしに店内を見渡す。平日の遅い時間と言う事もあってか、客の姿はまばらだ。 「今日は店番、哲治一人だけなんだね。そういえばおじさんの具合どう? またギックリ腰って言ってたよね」  陸のために調理をしていた哲治が「ああ」と苦笑いする。 「腰はもう大丈夫なんだけど、そろそろ夜遅くまで調理場に立つのはしんどいらしくてさ。俺も慣れて来たし、最近平日は一人でやることも増えたかな」 「そっか。凄いな、哲治は。もう一人前なんだ」 「そんなことないよ。仕入れや仕込みはまだ親父がやってくれてるし、混み合う時間帯は流石に一人じゃ無理だしさ」 「それでも凄いよ。俺なんかまだ新入社員気分が抜けないもん。もう後輩が入って来て半年過ぎたっていうのにね」 「俺にしてみたら、外の世界に出て働く陸の方が凄いと思うよ」  頬杖をついてうんざりしたように愚痴をこぼす陸の前に、哲治が茶漬けの入った少し大きめの椀を置いた。鯛の刺身が何枚か乗っていて、出汁のいい香りが食欲をそそる。

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