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大人になった今でも②

「うわ、うまそう。食欲なかったんだけど、なんか急に腹減ってきた。ねぇ、これもちゃんと正規の料金取ってよ?」  匙を片手に陸が訴える。哲治は周囲の客に聞こえないよう、小声で「いらないよ」と告げた。 「どうせ残り物なんだから」 「駄目だよ。いっつもそう言ってビールの代金しか取らないじゃん」 「いいんだってば。それより、しっかり食えよ」  笑いながら洗い物を始めた哲治に、陸は困ったように口をへの字に曲げる。  哲治はいつでも過保護だった。友人としての距離を保ちながら、陸をまるで壊れ物のように扱う。  運動会のあの日以来、ずっと。  あれから哲治は陸に何かを強要することはしなくなった。それは陸が常に哲治のテリトリー内にいたので縛り付ける必要がなくなったからかもしれないし、あの日、誰よりも壊れてしまった陸への配慮からかもしれない。  無神経な自分のせいでまた誰かを傷つけてしまうことを恐れた陸は、人と積極的に関わることを止めてしまった。高校でも大学でも当たり障りのない人付き合いでやり過ごし、親しい友人と呼べるのは、もはや哲治一人だけだ。 「そう言えば、土曜にある中学の同窓会、陸も行くだろ?」 「ああ、そういえば案内状来てたっけ。俺、返信した覚えないや」 「勝手に参加になってたよ。『当然来るよね』って、遠藤から念押しされた」 「あはは。遠藤さん、相変わらずだなぁ」  余り感情のこもっていない笑い方だなと思いながら、陸はジョッキを持ち上げビールを呷る。金木犀の香りのせいか、酔いが回ったせいか、陸は「来るかな」と思わず口を滑らせた。  誰がとは言わなかったが、それが誰を指しているのかは明白で、哲治は驚いたように手元から顔を上げる。  あの日以来、二人の間に清虎の話題が出ることはなかった。思い出として割り切るにはまだ、傷痕は生々しく膿んでいる。気まずい沈黙の後に、哲治が口を開いた。 「さあ、どうだろうね。今どこにいるかもわからないし。そもそも声かけてないんじゃないかな」 「……そうだよね」  会いたくないと強く思う反面、一目でいいから会いたいとも思ってしまう。実際に面と向かっても、どんな顔をすればいいのかわからないくせに。

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