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大人になった今でも③

「ごちそうさま、美味しかった。お金ここに置いておくね」  陸が千円札を三枚カウンターに残して立ち上がる。哲治は「多いよ」と眉間に皺を寄せたが、陸は笑いながら首を振った。 「前回の分も。いつもオマケして貰ってたんじゃ、来づらくなっちゃうよ」  そう言われてしまっては哲治も反論できないようで、いつものように気遣わし気な視線を陸に送る。 「ありがとう。また来いよ」 「うん。じゃあね」  おやすみ、と告げて店を出た。相変わらず外の空気は生ぬるい。  店から家までの帰り道。清虎と二人、自転車で駆け抜けた仲見世通りの風景は、あの日と大して変わらない。  まるでタイムスリップしたような気分になり、背後から清虎の声が聞こえてきそうだった。いつも記憶の奥に押し込めていたのに、一度蓋が開いてしまえば、とめどなく溢れ出す。 「だから金木犀の匂いはイヤなんだ」  陸は小さく呟いて空を仰いだ。香りと結びついた記憶は簡単に時空を飛び越えて、乾きかけたかさぶたを容赦なく剥がしてしまう。そうしてまた血が滴って、傷口がいつまでも塞がらないのだ。  清虎はもう、忘れてしまっただろうか。例え思い出したとしても、既にどうでもいい出来事になっているかもしれない。  清虎の傷が癒えたのなら、それはむしろ喜ばしいことだけれど。  そう思う一方で、少しでいいから自分のことを思い出し、胸が疼く瞬間があって欲しいとも願ってしまう。  未だに身勝手な自分に呆れながら、溜め息とともに自宅の玄関を開ける。もうすぐ日付も変わる時刻で、両親は既に寝静まっているようだった。足音に気を付けながら階段を上り切ったところで、成海の部屋のドアが開く。 「おかえり。今日も遅かったね」 「ごめん、起しちゃった?」 「違う違う。元々起きてた。こんな時間になるなんて、仕事、忙しいんだな」 「ううん。哲治のとこに寄ったから、遅くなっただけ」 「お前ら相変わらず仲いいなぁ。そういや土曜に同窓会あるんだろ、楽しんで来いよ。まぁ、地元に残ってる奴が大半だから、そんなに懐かしいって感じはしないだろうけど」  陸は「そうだね」と成海に同意しながら、大人になった清虎の姿を思い描き、どうせ会えないのにと虚しくなった。

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