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*第十六話* ゼロ
最上階に到着したエレベーターの扉が開き、先に女性たちが降りていった。他のフロアと違い、通路の照明は控えめに灯されていて薄暗く、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
煌びやかな女性と最上階の夜景は絵になるな、などとぼんやり考えながら、ラウンジの入り口でフロア全体を見渡した。そこで既に飲み始めている旧友の姿を見つけ、陸は焦って女性たちの影に隠れる。モデルに声を掛けようと本気で狙っていたのか、二次会組とは合流せずこちらに来たようだ。
やり残した仕事があると言って二次会を断った手前、顔を合わせるのは気まずいと思い、陸は慌てて踵を返す。
その時だった。
「あっ」
ぶつかった衝撃でよろけた陸の視界の端に、倒れ込む女性の姿が映った。どうやら陸が急に方向転換したせいで、うしろから来た女性を跳ね飛ばしてしまったらしい。
「ご、ごめんなさい」
申し訳なさに身をすくめながら、陸が女性に手を差し伸べる。女性は「いえ」と笑いながらその手を取った。
「私も考え事をしながら歩いていたので、前をちゃんと見ていませんでした」
背中が隠れるほど長さのある黒髪が、ハイネックブラウスの上をサラサラと滑る。立ち上がった女性はスラリとしていて背が高く、この人もモデルなんだろうと陸は考察した。
一瞬だけ女性が足を気にするような素振りを見せたので、陸もつられて視線を落とす。ヒールの踵が折れてしまっていて、陸はサッと青ざめた。
「すみません! 弁償させてください」
「いえ、安物ですからお気になさらずに」
「そういう訳には」
陸が引かずに強く主張すると、女性は困ったように目を伏せ、ヒールを脱いで手に持った。素足のまま床に足を付き「大丈夫です」と歩き出そうとした瞬間、バランスを崩して倒れ掛かる。慌ててその体を陸が受け止めたが、腕の中に納まった女性は痛みに顔を歪めた。
「痛っ……」
「大丈夫ですか」
「転んだ時に、足を痛めたみたい」
陸の肩に顎を乗せたまま話す彼女の吐息が、耳にかかってドキリとした。
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